JFA.jp

JFA.jp

EN
ホーム > リスペクト > 最新ニュース一覧 > リスペクト、大切に思うこと ~サッカーの活動における暴力根絶に向けて Vol.1~

ニュース

リスペクト、大切に思うこと ~サッカーの活動における暴力根絶に向けて Vol.1~

2019年03月12日

リスペクト、大切に思うこと ~サッカーの活動における暴力根絶に向けて Vol.1~

リスペクトプロジェクト

リスペクトプロジェクトがスタートしたのは2008年。サッカー界におけるリスペクトの重要性を認識し、その考えを広め、多くの人に
認識・実践してもらうべく活動してきました。今では全日本少年サッカー大会の選手宣誓をはじめ、さまざまな“リスペクト”が浸透してきたと実感しています。

プロジェクトをスタートした当時、「日本人は約束を守り、誠実で、礼儀正しく、世界でも評価されている。今さらリスペクトを推進する必要があるのか?」と言われることもありました。確かに日本人は子どもの頃からこれらを学んでおり、一通りは身に付けていると思います。そして、それを具現化した結果のフェアプレーはすばらしいと思います。しかし、一見フェアに見えるさまざまなプレーや行為に、実は心がこもっていないのではないかと感じることもあります。試合前後のシェイクハンドセレモニーでは、両チームの選手、審判団が並んで握手をします。この握手は「この試合、一緒にサッカーを楽しみましょう。よろしくお願いします」といった気持ちを込めて行うものですが、実際のところ、「これはセレモニーで、試合前後に“やらなければならない”から“する”」になっていないでしょうか。日本の“恥の文化”や“村社会の文化”という言葉が象徴するように、「みんながやるから」「やらないと変な目で見られるから」といった理由で行っていないでしょうか。また、「相手の選手が負傷している。ドリブルで攻め上がるのを止めて、ボールを外に出そう。こんなときはそうしないと、周りから『どうして? 』と言われる」など、全てではないとしても、他のフェアプレー的な行動も含め、単なる様式化された行動として行われているにすぎないのではないでしょうか。

サッカーのさまざまな試合にフェアプレー賞が設けられるなど、皆でフェアプレーを推進しています。しかしながら、心がこもっていない、リスペクトがないフェアプレーは不必要で、本来評価されるべきものではありません。リスペクトがあり、それが具現化されたフェアプレーを求めたいと思います。それはオン・ザ・ピッチに限らず、オフ・ザ・ピッチでも同様で、真のフェアプレーを求めるためにリスペクトを推進します。

リスペクトとは?

ところで、リスペクトとは尊敬でしょうか。何か違うと感じます。敬うこともすばらしいことですが、それだけではありません。サッカーの試合で、相手選手を対するチームの選手として認識し、一緒にサッカーをしてくれることに感謝すること。よく“敵”と言う人がいますが、相手は決して“敵”ではありません。競技規則には“相手競技者(opponents)”と書かれています。相手がいなければサッカーはできないのです。

接触があって転倒した場合、フリーキックかノーファウルかを決めてくれなければ試合が進みません。決めるのは審判員です。判定を不満に思うこともあるでしょう。しかし、それはそれで、不満の気持ちも整理し、最終的にはその判定を受け入れ、判定してくれたことに感謝することが必要です。監督やチーム役員、またクラブ運営スタッフ、サポーターの皆さんなど、これらの人は選手が良いプレーをできるように環境を整備してくれます。やはり感謝し、尊重すべき対象です。

勝つために、「ゴールを狙う、頑張って走る」、そんな自分自身の気持ちも大事にしなければなりません。そして、競技規則をしっかりと守り、ずるをせずに、試合に勝利したときの気持ち、そのうれしさを噛みしめる、表現する。これもリスペクトする対象です。逆に敗戦を受け入れることも対象です。

他にもたくさんありますが、これらを一つの日本語で言うならば“大切に思うこと”です。そうして整理すると非常によく分かると思います。選手であるならば、相手や審判、サッカー用具、ボール、サッカーをプレーできる環境をつくってくれる人たち、そして自分自身の気持ちも大切に思い(リスペクトし)、その結果、行動として外に出てくるフェアなプレーが本当のフェアプレーです。

リスペクトの実践

リスペクト、フェアプレーが求められているのは、選手だけではありません。われわれサッカーの運営に関わる人間ももちろん、ピッチにいる審判員や指導者も対象です。審判員をリスペクトすることも重要ですが、審判員も選手をリスペクトする必要があります。大人が小学生の試合の審判をする際、もちろん小学生ですからまだまだ未熟な部分があり、大人として面倒を見ることもあると思いますが、まずは“選手は選手”として対応することが大事です。逆にユース審判員が大人の試合を吹く際、選手は“審判は審判”として接します。

言わずもがなですが、指導者もそうです。情熱を強く表すことや、きつくものを言う必要があるときもありますが、選手は選手であり、一人の人間として接するべきです。「信頼関係があれば」という言葉に甘えず、言葉で論理的に話す。時には身をもって表現する。果たして、真の信頼関係が構築されるに違いありません。

リスペクトする、他者を大切に思うことは簡単ではないですが、実践してみたいと思います。昨今、サッカーでも差別問題が取り上げられています。差別の感情を持つ人は、おそらく自分がかわいいのかもしれません。自分とは、自分たちとは違うものが、その価値とは無関係に、かわいい自分を疎外すると感じるのかもしれません。しかし、同種ではないものがあってこそ、われわれの生活が成り立ち、相手がいるからサッカーができるのです。

さまざまなものを、さまざまな人を心から大切に思って生活し、サッカーをプレー、審判、指導したいと思います。そうすればきっと楽しいに違いありません。

【報告者】松崎康弘(JFAリスペクト・フェアプレー委員長/JFA常務理事)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会『テクニカルニュース』2016年5月号より転載しています。

アーカイブ
JFAの理念

サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、
人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する。

JFAの理念・ビジョン・バリュー