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日本代表:ワールドカップ予選激闘の歴史 History

2017.08.11

【経験者が語るアジア最終予選の真実#第7回】2014 FIFAワールドカップ ブラジル:遠藤保仁<後編>冷静につかみ取った5大会連続の出場権

ブラジル行きをかけた2014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選の最初の3試合で、勝点7を確保した日本代表は、2012年9月11日、ホームでイラク代表との第4戦に臨んだ。

かつて日本代表を率いたジーコ監督が指揮するイラクに対し、日本代表は25分に生まれた前田遼一選手のゴールを守り抜き、1-0で勝利。予選前半の4試合を3勝1分とし、ワールドカップ出場にまた一歩前進した。

遠藤選手はこの試合を、予選のなかで最も大きな勝利だったと振り返る。

「この試合を勝てたことで、だいぶ有利な状況になったと思います。オーストラリア代表が躓いていたので、イラク代表戦の勝利は大きかった。個人的なことで言えば、ジーコ監督のチームに勝てたというのも印象に残っています」

危なげない戦いぶりで、ブラジルへの道のりを悠々と歩み続ける日本代表だったが、選手たちのなかに慢心はなかったという。

「4試合で勝点10も取れたのはもちろんいい結果でしたけど、決まるまでは何が起きるかわからないというのは話していました。当時のチームには予選を経験していた選手が多かったですからね。良い緊張感はずっとあったと思います」

予選を戦う一方で、その目は世界にも向いていた。イラク代表戦のあとに行われた欧州遠征では、フランス代表に1-0で勝利するなど、日本は「世界でいかに勝つか」というテーマにも着手していたのだ。

「世界レベルを体感しながら、チームとしてもう一段階上に行くような時期に入っていたと思います。アジアの戦いではボールを保持できますけど、フランスのような相手には逆に保持されてしまう。どちらのやり方もレベルアップしていかないといけないと考えていました。ヨーロッパでプレーする選手も増えましたし、世界に目を向けていた選手も多かった。予選で良い結果を出せていたこともあって、ワールドカップで結果を残すという方向に、徐々にシフトチェンジしていっていましたね」

11月にアウェイで行われた第5戦のオマーン代表戦は、終了間際の岡崎慎司選手のゴールで2-1と勝利を収め、日本代表は早くもワールドカップ出場に王手をかける。しかし、2013年3月26日、勝つか引き分けで本大会出場が決まるはずのヨルダン代表との一戦で、日本代表は1-2で敗れてしまった。

「僕がPKを外して負けてしまったんですけど、ここで突破を決めておきたかったですね。そうすれば、そのあとのスケジュールももう少し楽になりましたから。もしかしたら、あの試合では心の隙がちょっとあったのかもしれない。前半終了間際に先制されるという最悪の展開でしたし、自分たちで首を絞めてしまった試合でした。ただ、もちろん負けて良かったとは言いませんけど、あそこで負けたことで、逆に良い緊張感が持てたと思います」

ヨルダンに敗れても、日本代表の立場が揺らいだわけではなかった。続くホームでのオーストラリア代表との一戦で勝点1でも積み重ねられれば突破が決まるという、優位な状況に変わりはなかったからだ。

それでも、オーストラリア代表戦の前に行われたブルガリア代表とのキリンチャレンジカップ2013にも敗れるなど、チーム状態は決していいとは言えなかった。

「なんとなく嫌な流れではありましたけど、長くやっていれば良い時も悪い時もありますからね。流れはまた変わると思っていましたし、負けたことで課題がたくさん出て、やらなきゃいけないという気持ちにもなっていた。今までホームでワールドカップ出場を決めたことがなかったので、ホームで絶対に決めようという雰囲気にもなっていたと思います」

2013年6月4日、埼玉スタジアム2002。ワールドカップ出場をかけて、日本代表はオーストラリア代表との一戦に臨んだ。

大きな重圧がかかるなか、遠藤選手は比較的冷静にこの試合を迎えていたという。

その予想通りに、試合は0-0のまま推移していく。しかし、試合終盤によもやの展開が待ち受けていた。82分、相手選手が左サイドから上げたクロスが、そのまま日本のゴールへと吸い込まれてしまったのだ。それでも、遠藤選手は落ち着きを失っていなかった。

「先制されても、まずいなとは思わなかったですね。ああ、センタリングが入っちゃうんだなという感じでした(笑)。まだ、時間も残っていましたし、相手も1点を守ろうと引いてくるだろうから、1チャンス、2チャンスくらいはあるだろうと。高さのある相手をどうやって崩そうかなと、そういうふうに考えていました」

日本代表は時間がない中でも、決してロングボールに頼らず、ここまで培ってきたパススタイルで、オーストラリア守備陣のほころびを探し続けた。結果的に崩すことはできなかったが、最後の最後に幸運が舞い込んだ。相手選手が自陣エリア内でハンドをし、PKを獲得。これを本田圭佑選手がど真ん中に蹴り込んで、日本代表は土壇場で同点に追いつく。目論み通り勝点1を確保した日本代表は、5大会連続となるワールドカップ出場を決めたのだった。

「偶然手に当たったPKでしたけど、なんとか追いつけて良かったですね。ホームでワールドカップを決めることができたのも、嬉しかったですね。最終戦までもつれ込んだらプレッシャーもかかるだろうから、ほっとした気持ちもありました」

最終戦のイラク代表戦でも勝利を収めた日本代表は、5勝2分1敗の首位で最終予選を突破した。遠藤選手も「もちろん簡単ではなかったですけど、ここで負けたらまずいというような状況に追い込まれることはなかったですね」と、危なげない戦いだったことを明かしている。

遠藤選手自身は、ドイツ大会、南アフリカ大会、そしてブラジル大会と三度目の予選突破となった。過去2大会と比べ、このブラジル大会予選は、果たして遠藤選手にとってどのような位置づけだったのか。

「ドイツ大会の予選の時は、僕は年下でしたし、予選も初めてだったので、試合に出た時に自分のプレーをしっかり出すことをメインに考えていました。でも、南アフリカ大会とブラジル大会の予選はほとんどの試合でピッチに立つなかで、自分のプレーはもちろんですけど、チームのことを考える割合が大きかった。責任感もありましたし、立場も全然違ったので、そのぶん突破を決めたときの嬉しさは大きかったですね」

もっともアジアでは頭一つ抜けた存在となった日本代表だったが、世界は決して甘くなかった。翌年に行われた2014 FIFAワールドカップ ブラジルでは1分2敗でグループステージ敗退。期待が大きかった分、失望も大きい結果となってしまった。

アルベルト・ザッケローニ監督とともに歩んだこの4年間は、遠藤選手にとってどのようなものだったのか。

「どうしてもワールドカップの結果で判断されてしまいますけど、振り返ればアルゼンチンや最強世代のベルギーにも勝ちましたし、オランダにも引き分けた。国際親善試合とはいえ、ここまで強豪国と互角に渡り合えた日本代表はあまりなかったと思います。選手も高い意識を持っていたし、監督とのミーティングもよくやりましたね。ザッケローニ監督の新しい考えを学べたし、引き出しが増えた。多少なりとも世界との差を縮められた4年間だったと思いますし、本当にいいチームだったと思います」

当時のチームメイトの多くが、現在の日本代表でもプレーを続けるなか、遠藤選手は今の代表チームをどのように見ているのだろうか。

「ハリルホジッチ監督になって、よりスピーディというか、縦に速い攻撃にシフトチェンジしましたけど、日本人の良さを残しつつ、ハリルさんのスタイルを少しでも発揮できれば、前に進んでいけると思います」

日本代表として最も多くの試合を戦ってきた遠藤選手だけに、その言葉にはこれ以上にない説得力が備わる。最後に遠藤選手は、こんなメッセージを送ってくれた。

「最後の最後に厳しい2チームが残っていますし、特にオーストラリア代表はこれまでの対戦を踏まえても、簡単な相手ではないでしょう。他の国々も力を付けてきて、アジア予選も昔ほど簡単に勝てる試合は少なくなってきていると思います。ただ、まだまだ日本にはアジアで1、2を争うくらいの力があると思うので、その力をそのまま出せば、結果は付いてくると思っています」

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