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サッカー審判の危機 ~いつも心にリスペクト ~いつも心にリスペクト Vol.76~

2019年09月25日

サッカー審判の危機 ~いつも心にリスペクト ~いつも心にリスペクト Vol.76~

「VAR(ビデオアシスタントレフェリー)の時代なのだから、第4の審判員が映像を参考にして主審や副審の判定をサポートしてもいいのではないか」

5月の「浦和×湘南」戦に次ぎ、7月13日には「横浜FM×浦和」戦で審判員の混乱により試合が8分半も中断するという出来事が起こってしまいました。いずれのケースも、正しい判定を下すのが難しい状況の中、ピッチにいる4人の審判員が誰も事実を確認できず、結果として誤った判定を下してしまった形でした。

こうした事象に対し、「正しい判定をするために外部から情報を得ることを審判員たちに認めるべき」という、冒頭のような意見を言う人がたくさんいます。サッカー界で働き、サッカーをよく知っている人にまで、そうした考えを表明する人もいるのに驚きます。

1863年に誕生して以来、約1世紀半にわたって、サッカーは人間の目と判断だけで進められる競技でした。テレビ中継が始まったのが1950年代。間もなくプレーの再現映像(リプレー)が流されるようになり、やがて多角度からの映像、さらには超高速カメラを使った超スロー映像でピッチ内のあらゆる出来事が視聴者の前に明らかになる時代が到来しても、判定はすべて人間の力で行うという哲学を守り続けてきました。

しかし「ひとつのゴール、ひとつの勝敗に大金がかかる試合で、明白な誤審はあってはならない」という意見が強まり、2012年に科学技術でゴール判定をする「ゴールラインテクノロジー(GLT)」の使用が認められ、18年には「ビデオアシスタントレフェリー(VAR)」が正式に認可されてワールドカップで使用されました。いま、VARは世界のトップリーグや大きな大会で急速に広まろうとしています。

試合結果に影響を与える判定の精度はVARなしの95・6%から99・35%に上がったと、昨年のワールドカップ後、国際サッカー連盟は発表しました。しかしそれによってサッカーがより良いものになったという印象は、私には持てませんでした。むしろVARが入ることでサッカー本来の喜びが失われた思いがしていました。

他競技の状況を見てもVARの導入は時代の趨勢です。重要なのは、サッカーのルールを管轄する国際サッカー評議会(IFAB)が、GLTやVAR使用にあたって非常に厳しい基準や手順を設け、IFABの認可を受け、基準や手順に従わなければ使うことができないとしたことです。

サッカーの判定の原則は、GLTやVARが入った試合でも変わることはありません。主審を中心としたピッチ上の審判員たちが最大限の努力を払ってプレーを見極め、責任を持って判定を下すことです。そして何より大事なのは、両チームの選手やスタッフ、さらには観客が、審判員たちの努力と責任感に敬意を払い、その判定を受け入れてプレーを続けることです。

なぜ外部からの情報で判定を下してはならないのか――。

それを認めたら、「サッカーの文化」が崩壊してしまうからです。

GLTやVARを使うことができるのは、ほんの一部の試合です。世界に2億チームが存在するとして、年間に20億以上の試合が行われるはずです。GLTやVARが使われるのは1万試合にもなりません。審判員の判定だけで試合を進めなければならない99・9995%の試合で、その判定を尊重する文化が壊れてしまったら、サッカーは不幸な競技になってしまいます。

少年サッカーの試合で、応援の保護者が主審にスマートフォンをかざして「この映像を見ろ。完全にゴールだろう」などと詰め寄る場面を、私は絶対に見たくはありません。この稿の冒頭のような発言は、審判員をリスペクトし、判定を尊重してプレーするというサッカーで最も重要な考え方に反するもので、それがサッカーにいかに大きなダメージを与えるか、無考えで軽率な行為なのです。

テレビで見るサッカー、みんなが注目する試合ではVARが当然になろうとしています。いまほど、審判員や判定へのリスペクトが求められている時代はありません。私たちは大きな岐路に立っていることを認識する必要があります。

寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2019年8月号より転載しています。

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