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日本サッカー殿堂

掲額者

野村 六彦NOMURA Mutsuhiko
特別選考 2014年第11回日本サッカー殿堂入り
野村 六彦
1940年2月10日 広島県生まれ

広島市立舟入高校、中央大学を経て、1963年に日立製作所に入社。1957年度全国高等学校蹴球選手権大会に出場し、優秀選手に選出される。中央大学時代には全国大学蹴球選手権大会で優勝3回、関東大学リーグ戦で2連覇、天皇杯全日本蹴球選手権大会では優勝1回という成績を収めた。

運動量のある中盤のリンクマン(ミッドフィルダー)としての能力を見出され、1960年には日本代表候補として欧州・ソ連遠征に参加。スピードを維持した状態での正確なボールコントロールと相手の動きを見抜く判断力に長け、攻撃に絡むプレーを得意とした。

日立では、1965年に日本サッカーリーグ(JSL)で14試合に出場し、15得点を挙げて、初代得点王に輝く。1970年代には同サッカー部の高橋英辰監督が掲げる「走るサッカー」を実践し、主力選手としてチームを牽引。1972年度にはJSL1部、天皇杯全日本サッカー選手権大会で初優勝を果たし、日立の二冠に大きく貢献するとともに、日本サッカー界に「走る」というサッカーの原点に目を向けさせた。同年、年間最優秀選手賞(フットボーラー・オブ・ザ・イヤー)を受賞した。JSL初年度の得点王に輝いてから7年を経ての同賞受賞は、長く第一線で活躍し続けた証を物語っている。

現役引退後はコーチを経て、1979年から3シーズンにわたり日立の監督を務める。1992年からはJリーグのマッチコミッショナーを、また2006年からはJリーグ規律委員長や日本サッカー協会の規律・フェアプレー委員を務めるなど、プロ化以降も20年にわたってJリーグと日本サッカーの発展に尽力した。

2013年 第46回内閣総理大臣杯 日本プロスポーツ大賞功労賞受賞
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