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後輩たちのために自分の失敗を語る ~いつも心にリスペクト Vol.154~
2026年03月25日

ここ5年間ほどで私が最も感銘を受けたサッカー書籍は、『しくじり審判 失敗から学ぶサッカー審判の教科書』(小幡真一郎編著、2021年カンゼン刊)です。
サッカーの書籍は、スター選手の手記を中心に、戦術解説のようなものがよく売れているようですが、意外に多いのが「審判もの」です。海外でも、有名審判員が書いた回想録のようなものが古くから数多く発行されています。審判員たちがどんなことを考えて笛を吹いたのか、話題になった判定の背後にどんな判断があったのかなどにも、サッカーファンは興味を持っているということでしょう。
そうした「審判もの」は、ハイライトになる経歴(大きな大会など)での経験や、そうした場での選手や役員などとの交流などが中心になっています。高名な審判員が引退してから書くのですから、なかば「自慢話」になってしまうのは仕方のないことかもしれません。
しかし『しくじり審判~』は正反対です。元国際審判員で2001年末に引退後は後進の指導に当たってきた小幡さんが「編著」となっていますが、小幡さんをはじめとした12人の元1級審判員(日本の審判トップカテゴリー)が、具体的な試合名や選手名を挙げて飾ることなく45話もの「失敗談」を語っているのは圧巻です。
「誤審」や「勘違い」は、審判員にとって痛恨の出来事のはずです。しかしこの本では、コミカルなイラストをふんだんに使い、しかも各「失敗談」の最後に五七五調で「教訓」まで入れてあり、深刻な話であるはずなのに思わずほおが緩んでしまいます。
たとえば、小幡さんは、2001年の「清水エスパルス×コンサドーレ札幌」で、清水のアレックス選手(後に日本国籍を取得して「三都主アレサンドロ」となります)が蹴った「間接フリーキック」が、誰にも触れずにゴールに入ったのを「得点」と判定してしまった話を紹介しています。
5月3日の祝日、日本平スタジアム(現在の呼称は「AIAスタジアム日本平」。ちなみに、当時はまだ「清水市」でした)は、家族連れで満員でした。札幌が先制し、清水が4連続得点で逆転し、札幌がまた1点を返して追いすがるという白熱した試合。「事件」は後半27分に起こりました。ゴール正面で間接フリーキックを得た清水は、アレックス選手が得意の左足でゴールに送り込みます。
「ゴーール!」。その瞬間、スタジアムDJの絶叫がスタジアムに響き渡り、スタンドからは大歓声が起きます。小幡さんはキック直前まで「間接フリーキック」を示すため右手を高く上げていたのですが、その瞬間、頭が真っ白になり、センターサークルを指し、得点を認めてしまったといいます。
アレックス選手を中心に歓喜の輪ができます。札幌の選手たちはうなだれるだけで、ベンチからも何の抗議もありません。清水の4点目も「直接」フリーキックで、2本連続で決められたことにショックを受けていたのかもしれません。
試合は5-2のまま清水の勝利で終わりますが、控え室に戻り、記録担当者から「誰かさわっていましたか」と聞かれ、ようやく小幡さんは大きな間違いをしてしまったことに気づいたそうです。
「教訓」は、「轟いて、心を乱す『ゴーール!』の声」。さらに「覚え書き」として、「スタジアムDJの歓喜のアナウンスはサポーターはもちろん、時にレフェリーまで飲み込むので要注意。」と白抜き文字で書かれています。
審判員として「失敗談」を書くには大きな勇気が必要です。しかしいくら「やるべきこと」を教えても限界があることに、小幡さんは気づいたのでしょう。そしてこんな本を企画し、仲間に呼び掛けてつくったのではないかと思います。軽いタッチでつくられていますが、まさに後進の育成のために「体を張った」一冊だったのです。
ちなみに、清水の「5点目」は、当初「中央 間接FK8(アレックス)左足S(シュート)」と発表されていましたが、後に訂正されて最後に「相手DF」が付け加えられました。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2026年2月号より転載しています。
公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』
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