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ニュース

なでしこジャパンスタッフが参加する乳がん勉強会を実施

2022年10月27日

なでしこジャパンスタッフが参加する乳がん勉強会を実施

日本サッカー協会(JFA)は10月18日(火)、なでしこジャパン(日本女子代表)スタッフが参加する乳がん勉強会をピンクリボンフェスティバル(日本対がん協会ほか主催)の協力のもと、オンラインで実施しました。JFAはピンクリボン運動の啓発を目的とし、「ピンクリボン月間」とされている10月に、2019年からさまざまな活動に取り組んでいます。その一環として、今回は乳がんに対する男性の理解促進や、乳がんをきっかけとした女性の健康に対する理解を深める機会として、なでしこジャパンスタッフを対象とした乳がん勉強会を行い、女子選手指導においてケアするべきポイントなどについても語り合いました。

【講師】
吉田敦 先生(聖路加国際病院 乳腺外科 医長)

【なでしこジャパンスタッフ】
監督 池田太
コーチ 宮本ともみ
GKコーチ 西入俊浩
フィジカルコーチ 大塚慶輔

がんは死なない細胞

――本日は乳がん勉強会です。池田監督は「乳がん」についてどのくらいご存知ですか?

池田 女性のがんの中では死亡件数が上位に入るものであるとか、早期発見が大事であるとか、男性も数は少ないながらも発症し得るといった程度で、詳しくは分かっていないのが現状です。

――今回、唯一の女性参加者である宮本コーチはいかがでしょうか?

宮本 自分の周りにも乳がんになる方がいますし、私自身も30歳を過ぎた頃からは毎年、定期検診を受けるようにしています。がんの中ではすごく身近に感じている病気の一つですね。

――宮本コーチにはぜひご自身の経験についてもうかがえればと思います。では、まずは吉田先生の講義を聞いていきましょう。吉田先生、よろしくお願いいたします。

吉田 はい、よろしくお願いします。皆さんに5つほど質問を用意しました。最初は「がんって何?」という質問です。池田監督いかがでしょうか。

池田 「正常ではない細胞の集まり」ですかね。

吉田 そうですね。「死なない細胞」とよく言われます。普通の細胞には寿命があり、淘汰されながら正常な形状を保っているのですが、遺伝子がエラーを起こして死ななくなった細胞ががん細胞になります。体の中と外の境界部分、食べ物や排泄物、空気の通り道の上皮細胞が悪性化するものが「がん」と呼ばれます。食道がんや胃がん、大腸がん、肺がんなどがこれに該当します。一方で、筋肉や骨にできるがんを「肉腫」と言います。がんに比べて極めてまれで、治しにくいものです。また、血液のがんである「白血病」があります。この3つに大きく分けられます。

池田 がんは食べ物などの通り道にできるというのは分かりやすい説明ですね。

吉田 ありがとうございます。簡単な発生メカニズムを説明すると、食べ物や日常生活、感染や紫外線などの影響で正常な組織に傷がつくことがあります。本来、組織はそういったエラーを自分で治すシステムを持っているのですが、それがうまく働かない、あるいはパワーが足りずにエラーが蓄積されていくとがん化が起こるとされています。

多くの方がかかる乳がん。アジアと欧米では傾向の違いも

吉田 乳がんの場合を説明します。乳房はミルクを作る小葉と、それを乳頭につなぐ乳管でできています。乳管の中に乳管上皮という細胞があり、それが何かの原因で悪性化してしまうのが乳がんです。次は「乳がんってどれぐらいの人がかかるの?」という質問です。西入コーチいかがですか?

西入 30パーセントぐらいですかね。

吉田 そこまで多くはないですが、かなり多いというイメージは合っています。罹患数で見ると女性ではあらゆるがんの中で1位になります。比較的、見つけやすいがんですので早期に発見される方も非常に多く、死亡数では4位になります。また、日本人女性では1年間におよそ10万人近くが毎年かかっています。日本人女性が生涯に、12~13人に1人が乳がんを経験すると言われています。年齢別で見ると40台後半から50代前半にピークがあり、最近では60代にも次のピークが見えます。若い方がかかるケースは少なく、30代後半から少しずつ増えていくのが日本人の乳がんの発症状況です。男性も乳がんにかかることがありますが、高齢の方が中心です。

一方で、欧米人はアジア人に比べて約3倍程度の方が乳がんにかかっており、高齢になるほどその数も増えます。体型や食生活、遺伝子の違いなどによるものとされていますが、日本の数値も今後、欧米のものに近づいていく可能性があります。一方で、診断された方の80%以上が5年後も元気に生存していることも分かっています。

西入 現実的な数字を見ることができて分かりやすいです。アジア人と欧米人の違いや、日本人も欧米化する可能性があるというのは驚きでした。

吉田 ありがとうございます。続いては「乳がん検診は受けたほうがいいの?」という質問です。大塚コーチ、いかがでしょうか。

大塚 したほうがいいと思います。

吉田 そうですよね。では、何のためにしたほうがいいのでしょうか。

大塚 異常を早く察知する、もしくは定期的に確認するためですかね。

吉田 素晴らしい意見です。早期発見したい、がんでつらい思いをしたくないということですよね。乳がん検診にはいろいろな種類があるのですが、一般的には「マンモグラフィー」という方法が主流です。アクリル板で乳房を潰してレントゲンを撮るのですが、すべての病変が見えるわけではなく、どこに病気があるのかが分かりづらい場合もあります。特に若い女性の場合、乳腺が硬く十分に進展しないことから、マンモグラフィーで写るがんのしこりと正常な乳腺のコントラストがつきにくく発見が難しくなります。また、このような硬い乳腺の方では検査時の痛みも大きくなる傾向があります。一方で、超音波による検査もあります。超音波ではしこりが見えやすいので発見はしやすいのですが、癌ではない良性のしこりや生理的変化も見えてしまい、それが悪性のものであるかどうかを判断するために別の検査が必要になるといった難しさもあります。

乳房を気にかける「ブレストウェアネス」とは?

吉田 検診には大きく分けて「対策型検診」と「任意型検診」の2つがあります。対策型検診は自治体などで行うもので、個人個人の早期発見が目的というより、その集団全体の乳がんで亡くなる人を減らすことが大きな目的となります。任意型検診は人間ドックなどでの検診で、個人のリスクを下げることが目的です。乳がん検診は体の表層を検査するものなので、検査しやすく、精度も高く、がんも発見しやすいので有益とされており、受診が推奨されています。40歳以上の方がマンモグラフィーを受けることで、乳がんで亡くなる確率が下がることも大規模な試験で証明されています。また、女性の場合は子宮頸がん検診もありますが、こちらも検査の精度が高く、非常に有益と言われています。

ただし、乳がん検診には死亡率の減少というメリットがある一方で、不利益もあります。まず挙げられるのは、被ばくすることです。わずかな量なので問題にはならないのですが、若い年齢で被ばくすると将来の発がんにつながる可能性もありますので、不要であれば検診を受ける必要はありません。また、20代、30代の方が乳がん検診を受けてもがんはほとんど見つかりませんが、その代わりに良性疾患がたくさん見つかります。見つかった時にはがんかどうかの判断をしなければなりませんので、本来は不必要な針を刺されるなどの組織診、細胞診を受けなければならないリスクもあります。がんにならない人が検診を受けることで医療経済的なロスも生じますし、検査の件数が多くなると本当に検査が必要な人がなかなか受診できないという問題も生じます。

そして、検診に行って「がんの可能性がある」と判定された方は、かなり大きなショックを受けることになります。「乳がんです」と言われるより「がんかもしれない」という通知を受け取るほうが心に負担がかかることが報告されており、通知された方の7割近くが抑うつ的な心境になるそうです。たとえば1万人がマンモグラフィーの検査を受けた場合、要再検査率は6~7%程度です。600~700人が再検査を受け、そのうち実際に乳がんと診断されるのは23人程度。残りのかたはがんではなかったのですが、不安を経験することになります。

がん検診を受ける場合には、自分の罹患リスクを自分で把握しておく必要があります。家族に乳がんにかかった人が複数いる方は乳がん検診を受けるメリットは大きいでしょうし、一般的に年齢が進むにつれてがんに罹患しやすくなります。上に挙げたように、検診にはメリットだけでなくデメリットもありますので、その両方を鑑みたNet-Benefitを自分で評価し、受診するかどうかの選択をする必要があります。さて、次の質問は「ブレストアウェアネスって?」です。宮本コーチ、この言葉を聞いたことはありますか?

宮本 全然、聞いたことがないです。

吉田 これは「乳房に気を付けてね」というニュアンスの言葉で、女性が乳房の状態に日頃から関心を持ち、乳房を意識して生活しましょうという健康教育のことです。自己検診とは違い、生活の中で、顔や体の変化と同じように、胸に変わった点はないかと気にしながら生活していくという考え方です。ブレストアウェアネスには4つのポイントがあります。「自分の乳房の状態を知ること」「変化に気を付けること」「変化に気が付いたらすぐに医師に相談すること」「40代になったら一度、乳がん検診を受けること」。普段の生活の中でこれらを取り入れていきます。

宮本 そういえば、銭湯などに行くとポスターが貼ってありますね。

吉田 乳房の変化やしこり、へこみ、痛みなどに気が付いたら、できるだけ早く信頼できる先生のところに相談に行く。そして、40歳になったら2年に1回、乳がん検診を受ける。これらは乳がんで命を落とすリスクを減らすために大事な行動です。厚生労働省や東京都もブレストアウェアネスの啓発に努めていますが、一般の認知度は4.8%。ぜひ皆さんに知っていただき、広めていただきたいです。

医療の正しい知識を持って病気の予防を

吉田 最後の質問は「遺伝性乳がんとは?」です。池田監督、ご存じのことはありますか?

池田 他のがんも含めて「がん家系」というのは聞きますが、遺伝性の乳がんに関する知識はないですね。

吉田 遺伝性乳がんは、傷がついた遺伝子を修復してくれる「がん抑制遺伝子」に生まれつき変異が起こっていて、システムがうまく働かない家系の方がかかるがんです。「BRCA1」や「BRCA2」と呼ばれる遺伝子が乳がんに関連するがん抑制遺伝子で、この遺伝子がきちんと機能していない家系の方は一般の方と比較し乳がんや卵巣がんにかかりやすくなります。

日本では2020年4月、ようやくこの遺伝子の変異を検査するBRCA検査が保険適用になりました。ただ、検査は誰でも受けられるわけではなく、乳がんや卵巣がんを発症した患者さんに限定されています。発症した人が、次の乳がんにならないように受ける感覚です。

BRCA変異は決して珍しくない遺伝子変異で、日本人一般人口の約500人に1人にこの変異が見つかると考えられています。また、乳がん発症者の約25人に1人はこの遺伝子変異が関与している可能性があると言われています。こうしたヘルスリテラシー、医療に関する正しい知識を持っていただき、病気の予防に取り入れてほしいと思っています。

――吉田先生、ありがとうございました。池田監督、新たな気付きはありましたか?

池田 乳がんの現状を知り、新しい情報も得られたと思います。質問があるんですが、たとえば肺がんの場合は煙草を吸わないなどの予防法があると思いますが、乳がんについてはどうなんでしょうか。

吉田 乳がんが発症しやすくなる生活習慣にはどのようなものがあるかといった研究は行われていますが、これをやれば予防になるという実例はあまりないですね。ただ、閉経後に太ってしまうと乳がん発症リスクが明らかに上がることは分かっています。他の健康維持と重なりますが、運動をする、食生活に気をつけるといった行動は乳がん予防にも役立ちます。また、喫煙や飲酒も控えたほうがいいでしょう。

池田 ありがとうございます。よく分かりました。

生理、妊娠、出産…女性特有の体のことを知ることが大事

――ここからは普段、女子選手の指導にあたっているなでしこジャパンスタッフの皆さんを中心に、指導面で気にかけていることについてお話しできればと思います。宮本コーチは元選手ですが、現役時代に悩まされた健康面の問題はありましたか?

宮本 女性特有のものでは生理ですね。私は比較的軽かったのでそこまで悩むことはなく、痛み止めの薬を飲む程度でしたが、生理痛がひどい選手、子宮内膜症で悩む選手もチームメートにいました。また、私は出産後7カ月ぐらいでトレーニングを始めてピッチに復帰したのですが、授乳しながらプレーしていたので、カルシウム不足が原因で恥骨の疲労骨折を起こしました。

――ご自身もいろいろな経験をされ、チームメートにも悩んでいた方がいたんですね。

宮本 生理痛は個人差があるので、そこに対する理解は難しいと思いますし、ピルを飲むなど、個人でいろいろ対処する選手が多かったですね。最近は出産を経験する選手も増えてきているので、自分自身の経験を役立てていければと思っています。

――ありがとうございます。大塚コーチはなでしこジャパンが初めての女子チーム指導だと思いますが、「カラダづくり」を中心とした指導をするなかで、男子選手とアプローチを変えたところはありますか?

大塚 昨年から女子を見るようになったのですが、女子の育成年代における利用可能エネルギー不足による運動性無月経や、そこから派生する骨粗しょう症は、私が思っていた以上に深刻な問題だということを指導して初めて知りました。これは女子の指導者が一般の方々や指導者に話をするより、男性である私やフィジカルを担当しているコーチが男性指導者や保護者、そして選手自身にも向けて話をし、しっかりと知識を持っていくことがヘルスリテラシーになると思います。

――なるほど。一方で、西入コーチは2005年のユニバーシアード女子チームの指導を皮切りに、女子指導に長く携わっています。さまざまなカテゴリーを見るなかで感じたことはありますか?

西入 指導者として女性の体のことや仕組みをしっかり理解することが大事だというのは吉田先生の話を聞いて改めて感じました。育成年代の月経や貧血など、年代に応じてアプローチしなければならないこともありますし、乳がんのことやトップアスリート特有の問題について、指導者が理解しながら選手に伝えていかなければならないですよね。指導者同士で情報交換し、正しく理解したうえで、育成や強化の現場で共有していく必要があると思いました。

男性と女性が協力し合ってチームをつくる

西入 私も吉田先生に質問があります。日本人の乳がん発症の傾向が欧米化しているということですが、若年層では乳がんの発症者は増えているのでしょうか。

吉田 20代、30代で乳がんになる方は、いらっしゃいますがかなり少ないです。ですから世界的に見ても、この若年世代に乳がん検診をしたほうが有意義とは全く言われていません。違和感があった時には乳がんの可能性はあるのですが、良性のしこりである可能性の方が高いです。このような状況で乳がん検診を受けると、がんではないのに「がん疑い」の通知が来てショックを受け、病院に行って検査をして、ということになりますので、違和感がある場合は信頼のできる乳腺専門医のいるクリニックに行って状況を把握することが大事だと思います。ただし、乳がんになったご家族がいる方は気をつけたほうがいいかもしれないですね。

大塚 今の話に関連して、私からも質問させてください。信頼できる乳腺の専門医の方がいる場合、若い頃に一度、検査を受けて自分の状況を把握しておいて、ブレストアウェアネスをしながら過ごすという形はどうなのでしょうか。

吉田 基本的に、若い方は違和感がなければ皆さん健康ですし、20代、30代の方で乳がんになるのはまれなので、違和感がなければ何も気にする必要はないと思います。左右差があるとか、前になかったものがあるといった場合に受診し、それが何なのかをはっきりさせるのがいいと思います。

――ありがとうございます。最後に池田監督、女子の指導をするうえで心掛けていることを教えてください。

池田 ピッチ上では選手の変化に気づけるよう常にアンテナを張っていますし、女性のスタッフやメディカルスタッフの協力も得ながら、選手が悩みを抱えた時に相談しやすい環境づくり、雰囲気づくりを心掛けています。

――選手への伝え方も気にされているようですが、宮本コーチら女性スタッフがいて助かる部分も多いでしょうか。

池田 そうですね。私自身も自然体で伝えるようにしていますが、細かい部分は宮本コーチから話してもらうこともありますし、ロッカールームにすぐに入っていち早くコミュニケーションを取れるのは女性コーチなので、そのあたりは協力していただきつつ、スタッフワークで進めています。

吉田 まさにチームビルディングですね。私が勤務する聖路加国際病院の乳腺外科は部長以下ほとんどが女性なので、結婚や妊娠、出産、生理などの際に相談しやすい環境が整備されています。男性は私だけで、逆に周りが私の健康を気遣ってくれるような状況なんですが、男性を中心としたスタッフが女性の選手を気遣うというのはすごく素敵だと思いました。

――ありがとうございます。ディスカッションは以上とさせていただきます。改めて吉田先生、ありがとうございました。

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