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絶望を救う励まし ~いつも心にリスペクト Vol.107~

2022年04月25日

絶望を救う励まし ~いつも心にリスペクト Vol.107~

その瞬間、39歳のイタリア人レフェリー、マルコ・セラは頭が真っ白になってしまいました。自信を持って吹いたファウルの笛。しかしその直後に、ファウルを受けた側のチームがこぼれたボールをゴールにたたき込んでいたのです。

試合は1月17日、イタリアのセリエAで首位を争うACミランが下位のスペツィアを迎えたホームゲーム。ミランにとっては、同じ町のインテル・ミラノとのつばぜり合いで遅れをとらないためにも、絶対に勝っておかなければならない試合でした。

しかしミランは前半にPKを失敗、ようやく前半終了直前に先制点を入れたものの、相手GKの好守もあって追加点が取れないまま、同点ゴールを許します。そして試合は後半のアディショナルタイム。相手ペナルティーエリア前でパスを受けたミランのMFレビッチがシュートの態勢にはいります。

セラ主審は、レビッチの後ろからスペツィアのバストニが追うのを目に入れていました。ファウルの予感。果たして、シュートしようとしたレビッチの右足に、伸ばしたバストニの右足がかかり、シュートはできませんでした。セラ主審は迷わず笛を吹きました。

ところが、次の瞬間、ペナルティーエリアに転がったボールにミランのメシアスが迫り、左足を一振。ボールは美しい弧を描いてゴール右上隅に吸い込まれたのです。

セラ主審は茫然としました。当然、アドバンテージをとり、ミランの得点を認めなければならなかったケースです。しかし自分が先に笛を吹いてしまったことで、その得点は認めることができなくなってしまったのです。

「なんてことをしてくれたんだ」と詰め寄るレビッチ。セラ主審は両手を上げ、ただ、「すまない」と謝るしかありませんでした。

そのまま試合が終われば、まだ救われたかもしれません。しかしセラ主審にとって残酷なことに、アディショナルタイムの6分、カウンターアタックをかけたスペツィアが逆に決勝点を取ってしまったのです。

当然、その晩と翌日、メディアは大騒ぎになります。「ミランは勝ち点3を奪われた」「優勝争いに大きな影響を与える大誤審」など厳しい調子でした。イタリア審判協会のトレンタランジェ会長も誤審を認め、公式に謝罪しました。

セラ主審は眠れぬ夜を過ごしたといいます。しかし同時に、彼は「より良いレフェリーになって恩返しをしよう」という強い気持ちになっていました。それは、試合直後に、ミランの選手たちが次々と彼の更衣室を訪れ、励ましてくれたからです。

フロレンツィという選手は、敗戦の大きなショックにうなだれつつ、セラ主審をただ抱き締めました。セラ主審の部屋の前を歩きながら、「サッカーでは起こり得ることだよ」「誰でも間違いを犯す。大事なのは立ち上がることだ」などと言葉をかけていく選手たちもいました。そして最後に、ミランのエースであり、主審に対する暴言で退場になるなどたびたび物議をかもし出すイブラヒモビッチがやってきました。40歳の彼は、1歳年下の主審に向かって、強い口調でこう言いました。

「今こそ、あなたの強さを示すときだ。立ち上がれ」

そうした選手たちの言葉を、セラ主審はただ茫然と聞いていました。しかしひと晩明けたとき、彼は「サッカーの仲間」からかけられた温かな言葉に、感謝してもしきれない思いを抱いたのでした。

痛い敗戦を喫したミランでしたが、その後、インテルとの直接対決を2-1で制し、首位の座を取り戻しました。そしてセラ主審も、2月12日のセリエB、ペルージャとフロジノネの試合で見事復帰を果たしました。

セラ主審のもとには、たくさんの審判仲間や友人、そしてサッカーファンからの励ましの言葉が届きました。しかし自分のミスでいちばん大きな被害をこうむったはずのミランの選手たちからの励ましほど、絶望的な状況で力づけになったものはありませんでした。ミランの選手たちの深い人間性に、私は強い感銘を受けるのです。

寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2022年3月号より転載しています。

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