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日本代表監督リレーインタビュー 第1回 なでしこジャパン(日本女子代表) 高倉麻子監督「やっぱりサッカーが好き」

2020年04月29日

日本代表監督リレーインタビュー 第1回 なでしこジャパン(日本女子代表) 高倉麻子監督「やっぱりサッカーが好き」

日本代表チームは新型コロナウイルスの感染拡大防止のために多くのサッカーやスポーツの現場同様に活動の自粛を余儀なくされています。選手の皆さんと同様にStay homeを続ける各カテゴリーの代表監督に今回はサッカーに対する思いや、苦難を乗り切ってきた経験、夢の大切さなど、話を聞きました。

第1回はなでしこジャパン(日本女子代表)の高倉麻子監督です。

野球少女からサッカー少女に

私は小さい頃から体を動かすことが好きで、元々は野球をやっていたのですが、なかなか野球をする場所がなくて。そうしたら小学校に4年生から入れるサッカーチームがあったんです。そのチームに、一緒に野球をやっていた友達が皆入ることになったので、サッカーがやりたかったからというよりは、その友達と遊んでいたかったからサッカーを始めたというのが最初です。

サッカーにのめり込んだ小学校、そして中学からは東京へ

サッカーを始めた当時はチームには女子が1人で、対外試合で他のチームを見ても福島には女子はいなくて、「あいつ女だろ」とわざわざ見に来る人もいました。サッカーには、ボールを触る感覚や、ドリブルで相手をかわすとかシュートを決めるとか、野球にはない爽快感がありました。友達もすごく仲が良かったですし、一緒にサッカーが好きになって、チームが勝つことが好きになって、自分が上手くなることが好きになって、それでどんどんのめり込んでいったという感じだったので、性別のことを自分で気にしたことはなかったです。続けていく中で、「女子だから」と特別な目で見られたことは多かったと思います。チームの中で皆と仲良くやっていたのですが、6年生になって自分は試合に出してもらっていて、逆に試合に出られない子たちが「あいつ生意気だ」という感じになり、イジメにあったりもしました。でも、それでサッカーを嫌いになってしまうということはなかったです。やはり自分自身がボールを蹴りたいと思う気持ちの方が強かったので、頑張って1人でも練習は続けていました。

その後中学生になってからは周りに女子チームはなく、部活もなかったので、サッカーを続けることができなくなってしまい、一旦サッカーから離れました。ただ、どうしてもサッカーがしたくて、私が住んでいたのは福島県福島市でしたが、中学1年生のときに東京のチームに入って、週に1回のペースで東京に通うという道を自分で選択して、両親もそれを後押ししてくれました。そんな状況を見て、「なんでそこまでしてやるんだ」ということを何回も言われましたし、年齢が上がってくると「いつまでやってるの?」と言う人もたくさんいましたね。

転んだそばから立ち上がる

いつもサッカーができる環境がない状態からスタートして、常にサッカーをする場所を探してきました。そんなサッカー人生におけるターニングポイントはこれ、というものはなかなか出てきませんが、例えばリーグがスタートするというのも大きなモチベーションでしたし、女子のワールドカップがスタートするとか、オリンピックの種目になるとか、なかった道がどんどん拓かれていきました。それに向かって頑張ってやっていこうと思えるものが自分の場合はいつもやってくるという、非常に恵まれた時間の流れに自分が組み込まれてきたことは本当に幸せに思います。挫折もたくさんあった気がしますが、転んでも起き上がることへのモチベーションの方が高く、「こんなことに負けたくない」といつも思って、転んだ瞬間にはもう起き上がっている感じです。もちろん、辛かったとかなかなか暗い場所から抜け出せなかった時期もありましたが、自分の中ではうまく行かない時こそどう行動するかというのが人の生き方にとって大事なことだと思ってきたので、そのしんどい時はじっと耐えて、とにかく努力し続けるというのは本当にサッカーから学びました。これは自分の性格でもあるかなと思います。すごくうまくいってないなと思って落ち込んだりしますけど、その後はなんとなく面白くなってくるというか、「ここまでうまくいかないんだ」とか、「こんなに思ってたのと違うんだ」というところが面白くなってきて、仲間と「こうなったらこの時間は楽しんじゃった方がいいかな」と話しながらやってきた部分もあり、そこは両親にポジティブに育ててもらったのか、自分自身が元々持っているものかなと感じます。落ち込んでいないわけではないですけど、その時間がもったいないと思って切り替えられるのは自分の特技だと思います。

キラキラした姿に憧れて

自分がサッカーを続けてきた中で刺激を受けた人はたくさんいます。新しい環境に行けば新しい仲間が増えて、それぞれの人の良さ、例えばキックがうまかったりドリブルがうまかったり、周りがよく見える選手とか、知り合いが増えれば増えるほど、サッカー仲間が増えれば増えるほどたくさんの刺激をもらいました。でも、一番衝撃だったのは、初めて代表チームに呼んでもらったときにイタリアやアメリカといった海外の選手と試合する機会で、田舎から出てきた中学生にとって、イタリア代表選手が金髪をなびかせて迫力のあるサッカーをしている姿は本当にキラキラして見えました。私はその時まだ試合に出られずにベンチからその様子を見ていました。その時自分はグラウンドのラインから向こうには行けなかったので、いつかそこに行きたい、そしてあの人たちに追いつきたいと15歳のときに強く思いました。世界に出ていきたいということを強く思いましたね。

やっぱりサッカーが好き

選手のときもそうですし、指導者になってもサッカーに長く関わり続けているモチベーションは、やはり自分自身がサッカーが好きだ、ということが強いと思います。知れば知るほどこの競技の難しさや面白さがどんどん深まっていくということが、モチベーションの一番大きなものだと感じています。できたと思っているとまだできていない、うまくできたと思ってもまた次に課題が来る。選手のときもそうでしたし、指導者になってから選手と違う観点で物事を考えなければいけない今も、いつも自分に何か足りないと思うことに対して、なんとかしていきたいと考えることは、サッカーが好きということと並行して湧き上がってくるものかなと思っています。

夜は明けるし雨は止む。今は力をためる時

コロナウイルスの感染拡大によって外に出られない、学校に行けない、友達に会えない子どもたちがたくさんいて、それをケアする大人たちも本当に大変な時間を過ごされていると思います。でも、誰もひとりではないと思いますし、みんながそういった痛みを持ちながら必死に戦っていると思います。子どもたちにそういうことを言っても難しいかもしれませんが、考え方、頭の中、気持ちというのは自分で変えられると思うので、今はなかなか外に出られない状況であっても、工夫をして楽しんでみる、サッカーではないことに少し興味を持ってみるというのもひとつの手だと思います。本をあまり読まないというのであれば読書に興味を持ってみたり、何かモノを作るであったり、音楽を楽しんでみたりとか、そういうこともできると思います。ちょっとしたスペースで動くことはインターネットに色々出ていると思うので、それをお父さんやお母さんと一緒でもいいですし、兄弟でもいいですし、何かうまく工夫してやってみる。まずやってみることが大事だと思います。夜は必ず明けますし、雨もいつかは止むので、それを信じて今は力をためる時だと思いながら過ごしてもらいたいと思います。

明日は私と同じく福島県出身の影山雅永U-19日本代表監督です。みなさんお楽しみに!

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