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日本サッカー殿堂

掲額者

奥寺 康彦OKUDERA Yasuhiko
投票選考 2012年第9回日本サッカー殿堂入り
奥寺 康彦
1952年3月12日 秋田県生まれ

相模工業大学附属高校から1970年に古河電工に加入、スピード突破と破壊的な 左足シュートで大きな期待を集めた。同年ベンフィカ・リスボン戦で日本代表にデビュー。 また、1970~72年まで3年連続でアジアユース大会に出場し活躍した。 その後1976年初頭のブラジル留学を経て、日本代表のエースとなった。

1977年、日本代表の欧州遠征で西ドイツ・1FCケルンのバイスバイラー監督に出会い、 日本人として初めてヨーロッパのトップクラブでプレーするプロ選手となった。 そのシーズンのブンデスリーガとドイツカップに優勝、翌年のUEFAチャンピオンズカップ ベスト4に貢献し、クラブにその名を残した。その後ヘルタ・ベルリンを経て1981年に ベルダー・ブレーメンに移籍し、3回のブンデスリーガ準優勝を経験した。 ブンデスリーガ(1977~86年)では、通算259試合に出場し、34得点をあげた。

1986年にスペシャル・ライセンスプレーヤー(わが国初のプロ選手登録)として、古河電工に再加入。同年、アジアクラブ選手権優勝に貢献し、日本代表にも復帰し、ソウルオリンピック予選などで活躍した。
日本代表として、79(国際Aマッチ32)試合出場、19(国際Aマッチ9)得点(1970~88年)。日本サッカーリーグ(JSL/古河電工)では143試合出場、39得点(1970~77、86~88年)、JSL年間優秀11人賞2回受賞。1976年度シーズンには、JSL1部初優勝、天皇杯全日本選手権優勝の二冠達成。

東日本古河サッカークラブGM、ジェフユナイテッド市原監督の後、横浜FC GM、同代表取締役社長を務める。
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