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日本代表:ワールドカップ予選激闘の歴史 History

2016.8.26

【前回大会のアジア最終予選をプレイバック!♯1】10日間で3試合。試練の“6月シリーズ”を2勝1分と好スタート

ブラジルを目指す戦いは2011年9月2日に埼玉スタジアム2002で幕を開けた。ブラジル・ワールドカップアジア3次予選、朝鮮民主主義人民共和国代表との初陣を吉田麻也選手の劇的なゴールでものにしたアルベルト・ザッケローニ監督率いるSAMURAI BLUE(日本代表)は、その後も危なげなく勝点を積み重ね、わずか4試合で最終予選進出を決めた。

もっとも3次予選の残り2試合(vs朝鮮民主主義人民共和国代表、vsウズベキスタン代表)はともに敗れており、最終予選に向けて不安を覗かせていたのも事実。怪我で主軸の本田圭佑選手を欠いていたことも大きく影響し、日本にはにわかに危機感が漂っていた。

2012年6月に始まったアジア最終予選は、わずか10日間で、オマーン、ヨルダン、オーストラリアと3試合をこなすというハードスケジュールとなっていた。この“6月シリーズ”の結果がブラジル行きを大きく左右しかねないだけに、日本はいきなり大きな山場を迎えていたのである。

そこで輝きを放ったのは、怪我から復帰した本田選手だった。6月3日に行われたオマーンとの初戦で、開始11分に先制ゴールを叩き込こむと、これで勢いに乗った日本は後半にも2点を追加して3-0と快勝を収めるのだ。

5 日後のヨルダン戦では、日本の攻撃がさらに猛威を振るう。本田選手がハットトリックを達成したのをはじめ、香川真司選手、前田遼一選手と攻撃陣がしっかりと結果を残し、6-0と相手を寄せ付けず、危なげなく勝点3を手に入れた。

2連勝を達成した日本は、その4日後にアウェイに乗り込んでオーストラリアと対戦。グループ内で最大のライバルと見られていた強国に対し、日本は苦戦を強いられながらも栗原勇蔵選手の2試合連続ゴールで1-1とドローに持ち込んだ。勝利こそ手に入れられなかったものの、敵地で最低限の結果を残した日本は、“6月シリーズ”を2勝1分で乗り切り、5大会連続のワールドカップ出場に向けて、まずは上々のスタートを切った。

今予選においても、アジア最終予選の厳しさを知る選手たちがチームを勝利へと導いてくれることだろう。

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