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リスペクトが生むクリーンな試合 ~いつも心にリスペクト Vol.98~

2021年09月17日

リスペクトが生むクリーンな試合 ~いつも心にリスペクト Vol.98~

5月16日に横浜のニッパツ三ツ沢球技場で行われたJ3第8節「Y. S. C. C 横浜×テゲバジャーロ宮崎」は大きな話題になりました。Jリーグで初めて、女性レフェリー、山下良美主審が試合を担当したからです。
前半は一進一退でしたが、終盤に近づくにつれて非常に激しいものとなり、ビジターの宮崎が2-0で勝ち、今季5勝目、順位も3位に上げました。一方のY‌S横浜は今季未勝利。最下位の苦境に立たされました。
しかし、そうした明暗はあったものの、試合はとてもクリーンで、非常に気持ちの良いものでした。山下主審のきびきびとした判定で選手たちは自分自身のプレーに集中し、90分を通じてどちらのチームからも異議らしい言動がほとんどなかったのは、近年のJリーグの試合ではとても珍しいことです。 「両チームの選手たちがプレーに集中してくれて、難しいシーンはまったくありませんでした」
翌日午後にオンラインで行われた記者会見で、山下主審は笑顔でそう話しました。日本サッカー協会(JFA)が試合の翌日に主審の会見を開くなど異例のことですが、両チームの関係者を含め、試合を見ていた多くの人が「まったくストレスのない試合。男性とか女性とかでなく、素晴らしいレフェリングだった」と称賛したこともあったのでしょう。
今季Jリーグ史上初めて女性として「J3主審」のリストに入った山下主審。「5月にデビューの予定」ということは知らされていましたが、具体的な「デビュー戦」の日程は発表されていませんでした。しかし現在のJリーグは、ネット放送のおかげで、試合後でもフルマッチを見ることができます。その晩すぐに見て私が最初に感じたのは、何より、Y‌S横浜と宮崎、対戦した両チームの素晴らしい試合態度でした。
激しい競り合いの結果ファウルとなる場合もありますが、山下主審が笛を吹くと、すぐに守備のポジションに戻ります。何より、判定に対する異議や不満な態度がほとんどないのには驚きました。唯一、両手を広げて「なぜ?」という顔をしたのが、後半29分、宮崎のFWサミュエル選手でした。相手ペナルティーエリアでシュートに持ち込もうとしたところを防がれ、彼の反則と判定されたときです。
サミュエル選手は両手を広げたまま山下主審のところに歩み寄りましたが、山下主審が冷静な表情で説明すると、数秒で「仕方がない」という表情をし、相手FKに備えたポジションに戻りました。
山下主審は2012年に「女子1級」に昇格し、15年には「国際審判員」となって19年のFIFA女子ワールドカップに出場、その前にはアジアで初めて男子のクラブ大会(AFCカップ)でプロクラブ同士の試合も担当しています。そしてその年の暮れにJリーグ主審と同じレベルのフィットネステストに合格して「女子」がつかない「1級審判員」となりました。そして昨年はJFLで主審を務め、非常に高い評価を得ていました。男女関係のない実力で「Jリーグ主審」の座を勝ち取ったのです。
ですから、J3の試合でも十分できるはずと予想されていました。実際に、運動量、スピード、ポジショニングの良さ、判断の速さ、笛のタイミングなど、実力通りのレフェリングでした。
しかしそれだけではこれほど気持ちの良い試合は生まれなかったでしょう。私には、両チームの選手たちが山下主審にとても気を使ってくれていたようにも感じられました。いつもなら主審に向かって大声で叫ぶシーンであっても、「今日はそれはしない」と考えていたのではないでしょうか。
山下主審が甘やかされたという意味ではありません。選手たちにあったのは、主審とその判定に対する自然なリスペクトの態度でした。そしてその結果として、自分自身のプレーに集中し、成功、不成功はあっても、誰もが自分の力を百パーセント発揮できる試合となったのです。どんなレベルの試合でもこうした主審に対するリスペクトの態度があれば、サッカーという競技がもっともっと良いものになると教えられた試合でした。

寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2021年6月号より転載しています。

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