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イギリスはフェアプレーの国 ~いつも心にリスペクト Vol.57~
2018年02月20日
一年中サッカーを追いかけている私ですが、密かな楽しみは、外国に取材に行く先々から親しい友人に絵はがきを書くこと、そして絵はがきをもらうことです。
メールやSNSで簡単に連絡がとれる現代、絵はがきを買い、切手を求めて、住所を書き、本文を考え、そして投函するのはかなり手間のかかることです。しかも到着するまで早くても1週間。絵はがきなど前世紀の遺物のように思われるかもしれません。しかしもらってみると、これほどうれしいものはありません。だから私も、せっせと書くことにしています。
数年前にイギリスから届いた絵はがきに面白いものがありました。「イギリス、フェアプレーの母国」という言葉に、2コマのサッカー漫画が添えてあります。対戦するチームの選手同士がボールを前にして相手に「お先にどうぞ」「とんでもない。あなたの番ですよ!」と譲り合っているのです。そして2コマ目では、一方の選手がシュートを外すと、「運が悪かったですね」と相手チームの選手が声をかけ、シュートを外した選手は「お気になさらずに。単なるスポーツですから!」と応じています。そして「イギリス人は『良き敗者』」と締めくくられています。
サッカーの母国でありながらワールドカップでなかなか勝てないイングランド代表を揶揄(やゆ)する内容でもありますが、「お人好しだから勝てないんだ」と、自嘲ぎみに楽しんでいる様子も見て取ることができ、にやりとさせられました。
イギリスに行くと、「本当にフェアプレーの国だな」と思うことがあります。15年以上前のロンドンのあるホテルでの体験は、「イギリスもの」で有名な林望さんの本に出てきそうなエピソードです。
前の晩にロンドンに着いた私。その日はたくさんの仕事が待っていたので、たっぷりと朝食を取りたいと考えていました。しかし食堂に行ってから予約書に『コンチネンタル・ブレックファースト付き』と書いてあったような気がしました。そこで、ビュッフェ式食堂の入り口にデスクを出し背筋を伸ばして立っている「執事」のような老ホテルマンに確認しました。
「たしかに、お客さまのプランはコンチネンタル・ブレックファーストです。こちらから先は別料金になります」
彼は大きな予約帳を開いて私の名を見つけると、料理の並べてあるテーブルに線を引くように示しながらこう言いました。
コンチネンタルはパンにジャム、コーヒー程度。イギリスの朝食の定番である大きなソーセージや焼いたトマト、ポテトなどは「別料金」の方に入っていました。
少し考えてから、私はイギリス式のフルブレックファーストを取ることにしました。そして満足いくまで食べて席を立つと、先ほどの老ホテルマンのデスクに行き、こう言いました。
「ごちそうさま。サインをするので請求書をください」
彼の返事は意外でした。
「追加料金は何もございません。良い一日をお過ごしください」
「私はイギリス式ブレックファーストを取りました」
すると彼は、いっそう背筋を伸ばし、わずかにほほえみながら、ゆっくりとこう言ったのです。
「いいえ、お客さまがお召し上がりになったのは、たしかに、コンチネンタル・ブレックファーストでございました」
私は本当に感心してしまいました。ごまかそうとする人には、丁重に追加料金の請求書を出すに違いありません。しかしルールに従って行動する者には、自らの裁量でいくらでもそのルールを無視し、客が満足するサービスを提供しようという精神なのでしょう。ホテルマンとしての、そして何よりフェアプレーを重んじるイギリス人としての誇りを強く感じました。
同時に、彼の対応は、私が彼の役割をリスペクトした結果であることにも思い至りました。私がリスペクトしたので、彼もリスペクトを返してくれたのです。自分をリスペクトしてほしいなら、相手の立場や仕事を理解し、リスペクトの心をもって接することが必要なのだと教わった気がしました。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2018年1月号より転載しています。
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