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テクニカルハウス ~技術委員長 反町康治「サッカーを語ろう」第36回~

2024年03月19日

テクニカルハウス ~技術委員長 反町康治「サッカーを語ろう」第36回~

2024年3月で日本サッカー協会(JFA)の技術委員長職から退くことになった。このコラムも今回が最終回になる。そこで連載の最後は、私が傾注してきたテクニカルハウスの仕事について語りたいと思う。

千葉県幕張の高円宮記念JFA夢フィールドにはSAMURAI BLUE、なでしこジャパンの代表監督やスタッフのための諸室がある。その一角に「テクニカルハウス」と呼ばれる部屋がある。代表の勝利を後押しするため、分析の仕事に従事する面々がほぼ毎日ここに通い、パソコンをにらみながら黙々と作業をしている。テクニカルハウスのリーダーとして私は、ナショナルチームダイレクターの職を離れてからのこの1年は特に、そのマネジメントに心血を注いだ。

現在、その数は男子の担当が10人、女子の担当が3人の計13人。男子の中でもSAMURAI BLUEに3人、U-23日本代表に2人、U-19日本代表に1人、U-16日本代表に1人、U-15日本代表に1人、トレセンや指導者養成等に1人、フットサル日本代表とビーチサッカー日本代表に1人と細かく担当は分かれている。国際大会が近づけば担当の垣根を越えてサポートしあうから全員で一つのチームだと思ってくれていい。

分析に携わる要員をどう呼ぶか。これは結構悩ましい問題だ。クラブによって「アナリスト」と呼ぶところもあれば、単純にコーチのくくりの中に入れているクラブもある。アナリストだと分析だけという感じがするので、我々はもう一歩踏み込んだ仕事をするニュアンスをこめて「テクニカル」と呼んでいる。

仕事の中身は最新のIT(情報技術)を駆使して対戦相手を丸裸にすることである(当然のことながら、その鋭い分析は自チームにも向けられる)。この分野、ITの爆発的な進化でどの競技でも分析の中身はどんどん細密になっていて、我々もキャッチアップに余念がない。土台には2年前のFIFAワールドカップカタール2022の反省がある。我らがSAMURAI BLUEはドイツ、スペインと同居したグループリーグを見事に突破したが、初のベスト8進出を懸けた戦いでグループリーグを勝ち上がってきたクロアチアを残念ながら完全に丸裸にしきれず、PK戦で敗れてしまった。その悔恨から、テクニカルを質的にも量的にも充実させる必要性を痛感し、バージョンアップに着手したわけである。

その最初の試金石が1月のAFCアジアカップカタール2023だった。残念ながらベスト8で敗れ、テクニカルの功績があったと胸を張れる結果にはならなかった。それでも今回はグループリーグ最終戦のインドネシアに勝った後、ベスト16の戦いで相手のバーレーンの分析が完全にしかも完璧に済んでいたことは申し上げておきたい。

では、どういう準備をしていたのか。仕事の中身が中身なので詳細を語ることはできないが、今回はテクニカルをA、B、Cの3層に分けて準備した。C層は現地には行かず、対戦するまたは対戦する可能性のある相手国の映像をこちらのリクエスト通りに切り貼りしたり、その国のメディア情報などをピックアップしたりして我々に情報提供するリモート要員である。2016年12月にJFAと東京大学がスポーツ医学・科学研究の分野で連携協定を結んでから、従来の筑波大学の学生に加え、東京大学の学生もこの層に加わるようになった。総勢は30人ほど。彼ら学生とは事前のミーティングで分析の力点や何に注意してほしいかを明示して、齟齬(そご)がないように努めた。元日のタイとの強化試合の前にはC層の学生たちを夢フィールドに集め、SAMURAI BLUEの森保一監督にあいさつをしてもらった。そうやって臨場感を味わってもらえれば、普段はリモート仕事が多い彼らのモチベーションアップにつながると考えた。

C層が集めるデータは膨大だ。例えば、バーレーンの背番号何番と打ち込むと、その選手のプレー映像が100シーンは軽く出てくる。バーレーンのセットプレーの配置もすべて瞬時に出てくる。PKをどこに蹴ってくるかというのも、あらかたの選手のデータが入っている。抽出したものはクラウド上のボックスに入れて、アクセス権を持つ者なら誰でも簡単に見に行ける。学生たちにはあらゆる方法でチーム状況やケガ人の情報なども集めさせた。

膨大な量の試合を見て、C層が抽出したデータを研ぎ澄ますのがB層である。こちらはカタールに足を運んで日本以外のグループの試合を実際に見て、映像からは拾えない情報も加味して分析する役目を担う。今回は船越優蔵(U-19およびU-18日本代表監督)、菅原大介(U-19およびU-18日本代表コーチ)、越智滋之(U-23日本代表担当)の3人が担当。彼らは分析に指導者ならではの視点も加えていく。現地に足を運んでスカウティングするのは本当に骨が折れる作業だ。ワールドカップやアジアカップが行われたカタールは国土が狭く移動する範囲は限られ、クルマを使えば1日に試合を掛け持ちすることもできた。これが2年後に北中米で開かれるワールドカップとなると、移動の苦労は飛行機を使っても大変なことになるだろう。ワールドカップ本番ではB層の要員を厚くする必要があるかもしれない。

それはさておき。一番上のA層にはSAMURAI BLUE専任の寺門大輔、元セビージャFCの若林大智、中下征樹に普段はU-23日本代表担当の渡邉秀朗も加わって、膨大な量の生データを取捨選択し簡潔かつ明瞭に加工して選手に提供する最後の役目を引き受けた。加工されたデータは選手が持つ端末に送られ、例えば自分が対峙しそうな選手の特長などはクリック一つで分かるようになっている。その結果、試合前のミーティングで「この選手のここに気をつけろ」なんて話をくどくど説明する必要はなくなり、時間を有効に使えるようになった。今回のアジアカップは今までにないほどテクニカルの仕事を結集できたと思う。

テクニカルの重要性は今後さらに増すことはあっても、減ることはないだろう。一般的にサッカーの世界は監督の人事異動があると、気心の知れたアシスタントコーチ、GKコーチ、フィジカルコーチもセットで動くものだが、今後はそこに分析担当のテクニカルも加わるようになると思う。外国人の監督は子飼いの分析スタッフを連れていることもある。それくらい完全に監督のブレーンの一人になっている。

日本が相手を丸裸にしようと試みるように、当然、相手も日本を丸裸にしようと躍起になってくる。カタールのワールドカップで日本はドイツに逆転勝ちしたが、後でドイツの関係者に聞いたところによると、彼らは日本が人を余らせないマンマークに守り方を変えてきたことに大いに戸惑ったそうだ。逆にドイツが前半に見せたプレーは、彼らの事前の分析に基づいていたものだったようだ。アジアカップ初戦のベトナム戦で日本はCKから失点したが、ベトナムにすれば完全に狙い通りだったのだろう。2戦目に日本を下したイラクが日本の右サイドを徹底的に突いてきたのも分析に従ったものだと推察する。現代ではそういったすべてのプランが分析を基にしている。

昔だったら15分の分析映像をつくるのに半日はかかったものだが、分析ソフトが発達した今は数時間で、それもアニメーションにわかりやすく加工して伝えるようなこともできるようになった。とはいえ、どうしてもマンパワーは必要で、例えばU-23日本代表がパリオリンピックの出場権を獲得した場合、ワールドカップ並とは言わないまでもテクニカルの増員はやはり必要だろう。

指導者養成や育成の分野にテクニカルの要員を置いているのは、例えばFIFA U-17ワールドカップをレフェリングの基準を含めて微に入り細に入り分析することで、これからの選手に求められる資質や能力を見える化し、各種各層の育成年代の指導者たちと共有することができるからだ。

テクニカルの分析を生かすも殺すも現場次第である。試合が終わってからも延々と続く彼らの作業を見ていると、絶対におろそかにしてはいけないと感じる。ただ、私の性格上、彼らの意見をそのまま鵜呑みにすることはなかった。Jリーグの監督時代、私は次の対戦相手の直近3試合を必ず見るようにしていた。気をつけていたのは事前にはテクニカルからの情報はシャットアウトとすること。素の状態でメモを取りながら1試合につき4時間ほどかけて見るようにしていた。テクニカルとの答え合わせはその後。そうしないと情報が入った時点でバイアスがかかり、ニュートラルに試合を見られなくなるのが嫌だったのだ。仕事が分業・細分化した今は監督が3試合もフルに見なくても、ほとんど〝正解〟と呼べるものがテクニカルから出てくるのだろう。それでも私は試合を自分でじっくり見ないと気が済まない。アナログ派の典型なのだ。

テクニカルハウスを充実させるにあたっては外国の事例も参考にした。昨年9月、日本がベルギーのゲンクでトルコと強化試合をした際、SAMURAI BLUEのテクニカルスタッフがベルギー協会を訪ねてヒアリングをした。彼らのやり方で面白いと思ったのはインターナショナルウインドーの期間中にクラブの分析班が代表の分析班の一員になることだった。そうやって代表とクラブに一体感を持たせているのだろう。学びの対象はサッカーだけに限らない。Jリーグの昨シーズンが終わった後、60チームのテクニカルスタッフに参加を募り一堂に集めてセミナーを開き、その場にプロ野球とラグビーのアナリストをゲストに招き講話をしてもらった。そういう〝異業種交流〟が日本スポーツ界のテクニカル全体の底上げにつながると期待して。参加者は野球やラグビーの分析手法に興味津々だった。

データの活用については今後、選手をリクルートする際の材料としても普通に使われるようになるだろう。松本山雅の監督時代、当時高校生で行く先の決まっていなかった前田大然を私が獲得した話は以前にもここで触れた。あの頃は見た目の足の速さに「見どころあり」と判断して採用したが、これからはトップスピードの時速やスプリント回数など簡単にアマチュアのチームでも参照できるようになるに違いない。その手の分析ソフトは日進月歩で進化している。その爆発的な進化のスピードを目の当たりにすると、AI(人工知能)が分析を担い、試合中に監督にアドバイスする時代もそう遠くないように感じる。

技術委員長に就任後、テクニカルハウスのマネジメントを担うようになってからは人員を増やし、分業体制を整え、クリック一つで対戦相手の特長が分かるくらいにまでは整備できた。この4年間で大きく変わったことの一つだと思う。また、テクニカルに指導者ライセンスの取得も促してきた。いずれ、テクニカルから入ってコーチや監督になる者がこれから絶対に出てくると見越してのこと。名将ジョゼ・モウリーニョの下で分析を担当していたポルトガル人のアンドレ・ビラス・ボアスのように。選手として有名になるだけでなく、データ収集とその解析によってサッカー界に貢献する道もあるということ、そこから指導者など他の道に転じることもできるということ。そういう実例をどんどん増やしていけば、スポーツ界のキャリアパスに広がりが出る。実際、今でもすでに優秀なテクニカルについては日本国内でも獲得競争が起きている。クラブによってはテクニカルの数を3人、4人と増やすところが出てきているし、今後も増えていくであろう。この手の獲得競争はテクニカルの待遇改善につながる話だからポジティブなことと受け止めている。

JFAに来てからの4年間を振り返ると、学ぶことが本当にたくさんあった。特にインターナショナルな仕事がしたいという子どもの頃からの夢がかない、世界の最前線でいろいろな仕事ができたのは大きな喜びだった。誰にでもできる経験ではなかったとつくづく感じる。技術委員長になってすぐに新型コロナウイルスのパンデミックに襲われ、スタッフが誰もいないオフィスでぽつんと1人、仕事を始めたときは、この先、いったい何が待ち受けているのかと漠とした不安に包まれたものだ。対外的な活動をしようにも、いろんな制約が課され、外国から帰国するとホテルに2週間缶詰にされた。それでも皆で知恵を出し合い、工夫をこらし、関係各所と連携しながら歩みを止めなかったことがカタールのワールドカップでドイツ、スペインを破り、国民の皆さんに喜んでもらえる成果につながったのだと思っている。一般の人たちの目は表舞台に立つSAMURAI BLUEに行きがちだけれど、バックヤードにもいろいろな人がいて、多くの歳月と先人たちの努力が積み重ねられて日本サッカーはワールドカップ出場の常連国になった。FIFAランキングの二桁代前半が見える位置にまで来た。仕事柄、部外秘なことも多かったけれど、それでもコラムの連載という形で情報発信を続けたのは、この4年間の技術委員会が何をどう考えて試行錯誤してきたかをリアルタイムで1人でも多くの人に知ってもらうためだった。バックヤードの世界の一端を垣間見てもらうこともサッカー文化を豊かにする一助になると思ったからだった。そんな思いをくみ取って、次世代の人々がさらに日本サッカーを明るいものにしてくれることを切に願っている。どんな立場になっても、引き続き日本サッカーの発展に尽くしていくことを私もこの場を借りて約束したい。

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