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2002 KOREA JAPAN

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2002 JAPAN JAPAN

日本で開催された”夢の舞台”

2002年6月、日本中にサッカーが溢れていた。

4年前に初めてワールドカップ出場を果たしたばかりの日本と韓国の共催大会として、
”夢の舞台”が日本で開催されたのだ。

前回大会の開催地フランスから招聘されたフィリップ・トルシエ監督は、世代別代表の指揮も取ることで若手選手の成長と世代融合を図り、1999年FIFAワールドユース選手権(現・U-20ワールドカップ)では日本史上初のFIFA主催大会決勝進出、準優勝、そして2000年アジアカップでは8年ぶりの優勝を果たした。

選手個人の活躍も目覚ましく、前回大会を経験した中田英寿選手は当時世界最高峰と呼ばれていたセリエA優勝に貢献、小野伸二選手はUEFAカップ(現・UEFAヨーロッパリーグ)で欧州制覇を成し遂げた。
フランスの地で感じた”世界との壁”を超え、実績を築く二人、
そして”世界2位”を経験したワールドユース組、彼らはいつしか”黄金世代”と呼ばれ、
日本サッカーへの期待感はかつてないほどの高まりを見せていた。

そんな中で迎えた”夢の舞台”。

初戦ベルギー代表との試合では先制されるも、鈴木隆行選手と稲本潤一選手のゴールで逆転。
しかし、その後に追い付かれ結果は2−2のドロー。惜しくもワールドカップ初勝利は逃すも、
初めての勝ち点は獲得した。
そして続く第2戦ロシア代表、テレビ視聴率が日本スポーツ史上最高の66.1%を記録したこの一戦では、稲本選手が2試合連続ゴールを決めて1−0、ワールドカップ杯初勝利を飾った。
第3戦チュニジア戦では開催地の長居をホームスタジアムに持つセレッソ大阪所属の森島寛晃選手が凱旋弾を決め、中田英寿選手が追加点を奪って2−0で完勝。

決勝トーナメントでトルコ代表に0−1で敗れてしまうも、日本中の期待を背負った日本代表は母国開催となった”夢の舞台”で、初めての勝ち点、勝利、そしてグループステージ突破、ベスト16進出、
たくさんの新しい景色を見せてくれた。

ユニフォーム

JERSEY

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選手一覧

PLAYERS

GK

  • 川口 能活
  • 楢﨑 正剛
  • 曽ヶ端 準

DF

  • 秋田 豊
  • 松田 直樹
  • 森岡 隆三
  • 中田 浩二
  • 宮本 恒靖

MF

  • 稲本 潤一
  • 服部 年宏
  • 中田 英寿
  • 森島 寛晃
  • 三都主 アレサンドロ
  • 福西 崇史
  • 小野 伸二
  • 小笠原 満男
  • 明神 智和
  • 戸田 和幸
  • 市川 大祐

FW

  • 西澤 明訓
  • 中山 雅史
  • 鈴木 隆行
  • 柳沢 敦

STAFF

フィリップ・トルシエ
コーチ:山本 昌邦
コーチ:アジャム・ブジャラリ・モハメッド
GKコーチ:川俣 則幸

大会結果

RESULT

GROUP STAGE Group H

順位 チーム名 勝点 得失点 得点 失点
1 日本 7 2 1 0 +3 5 2
2 ベルギー 5 1 2 0 +1 6 5
3 ロシア 3 1 0 2 0 4 4
4 チュニジア 1 0 1 2 -4 1 5

グループステージ突破

ラウンド16 0 – 1 トルコ
ベスト16敗退
大会情報
優勝: ブラジル MVP: オリバー・カーン(ドイツ)
準優勝: ドイツ 得点王: ロナウド(ブラジル)8得点
3位: トルコ
優勝
ブラジル
準優勝
ドイツ
3位
トルコ
MVP
オリバー・カーン(ドイツ)
得点王
ロナウド(ブラジル)

8得点

公式試合球
2002

フィーバーノヴァ(FEVERNOVA)

名称の「FEVER」はFIFAワールドカップに注がれる世界中の人々の熱気を、「NOVA」は「新星」を意味。共催国である日韓両国にインスピレーションを得たデザインは、大会開催に向けられた両国の情熱や、近年の目覚しい技術革新を称えたもので、「TRIGON(トライゴン)」デザインと名付けられました。

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