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天皇杯 JFA 第100回全日本サッカー選手権大会
2020/9/16(水)~2021/1/1(金・祝)【変更前:2020/5/23(土)~2021/1/1(金・祝)】

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【開幕直前スペシャル対談】釜本邦茂氏×播戸竜二氏 天皇杯 JFA 第100回全日本サッカー選手権大会

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2020年09月11日

【開幕直前スペシャル対談】釜本邦茂氏×播戸竜二氏 天皇杯 JFA 第100回全日本サッカー選手権大会

記念すべき100回目の天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会が9月16日(水)に開幕します。ここでは、5度の優勝のほか、数々の個人記録を打ち立てた釜本邦茂氏と、同じく2度の優勝経験を有する播戸竜二氏に、それぞれが出場した天皇杯を振り返ってもらいます。

オンライン取材日:2020年8月5日

播戸 僕はプロ1年目の1998年、第78回大会で天皇杯に初出場しました。当時のガンバ大阪は、優勝できるとか優勝を狙うというチーム力ではなかったので、小さい頃から見てきた天皇杯に出られるという、その思いだけでした。試合では当時JFLのモンテディオ山形に敗れてしまったので、サポーターに怒られたという印象があります。釜本さんは早稲田大学の1年生のときに初出場されています。

釜本 そうです。私らは1年生ですから上級生についていくだけでしたけどね。大学に入って秋のリーグ戦から試合に出場できるようになった後の天皇杯ですから、出場したい気持ちが非常に強かったですね。また、半年後には東京オリンピックのメンバーが決まるという中での大会だったので、結果を出さなければならないという思いも強かった。日本代表になって東京オリンピックに出たいという願望があって強豪の早稲田大に行きましたから。

播戸 1年生でレギュラーとして出場されて、初めての大会で優勝された。早稲田大としても優勝を狙っていたんですか。

釜本 そうだったと思いますよ。当時の日本サッカーは大学と社会人がメインでした。今のように年間を通して戦うリーグ戦もありません。社会人の選手たちは天皇杯の10日前くらいから練習するような環境だったので、むしろ毎日練習している学生の方が体力はあったかもしれない。多少技術の差はあっても十分に戦えたんです。そういう意味では、その当時は学生が勝ってもおかしくはなかったと思いますね。

播戸 4年生の時の第46回大会でも優勝されました。1年生の時は上級生についていくだけだったとおっしゃられましたけど、4年生の時はどうでしたか。

釜本 やはり最終学年で優勝するかしないかというのは大きな違いですから、取り組み方が違いますよね。その大会は今でも思い出に残っているんですけど、関東大学リーグが終わった後、日本代表としてタイのバンコクで行われたアジア競技大会を戦い、帰国後に開催されたため日程的に厳しかった。だから戦術としては4-2-4の布陣の前線に元気な1、2年生を並べて相手をかき回すというものでした。私はセンターフォワードではなく、パサーの役割をしていたんです。当時、私と同じく日本代表に選ばれていた、キャプテンの森孝慈には「あなたはハーフラインから前には上がってくるな、最終ラインを締めろ」と言って、チームとしての約束事にしたんです。決勝の相手は当時最強の東洋工業。東京オリンピックが終わった後、デットマール・クラマーさんの提言で日本サッカーリーグ(JSL)ができて社会人が強くなっていた時代だったので、その東洋工業を延長戦の末に3-2で下した勝利は、まさに会心の出来でした。とても印象深い大会ですね。

播戸 僕は第88回大会決勝の延長戦で決勝点を挙げました。振り返ると、プロのキャリアでは唯一の決勝での得点なんです。1-0で自分の得点で優勝ができた。ストライカーですし、常に大舞台で活躍して自分がヒーローになろうという気持ちでプレーしていたので最高の気分でした。これまでの自分のキャリアの中で最も重要なゴールだったと思っています。次年度の大会でも優勝して連覇を達成することができましたけど、やはり自分の得点で優勝を決めた第88回大会が最も印象深いですね。天皇杯の決勝は元日に行われますが、あの張り詰めた空気も特別です。

釜本 そりゃ特別ですよ。私が早稲田大の4年生だった時の決勝は1月15日で、会場も駒沢競技場でした。当時の早稲田大はサッカーもラグビーも強くて、1月15日の決勝は、ラグビーは近鉄と早稲田大、サッカーは東洋工業と早稲田大だったんです。学校の関係者は、ラグビーは勝つだろうけれどサッカーは負けるだろう、と。それで皆さんラグビーの応援に行くわけですよ。でも。結果は逆で、納会の時に皆さんが謝ってくれました(笑)。

播戸 面白いエピソードですね。天皇杯は今大会で記念となる100回目を迎えました。これは本当にすごい数字ですよね。今後200回、300回と続いていく中でも、第1回から関わってきた全ての人たちを忘れることなく、いつまでたってもこの大会に出場したこと、優勝したことを誇りに思えるようにさらに素晴らしい大会になっていってもらいたいと思います。

釜本 その通りですね。天皇杯は最も格式高い大会だと考えています。第1種登録チームであれば全てのチームに出場のチャンスがある。その中で頂点に立ったときの気持ちは、言い表しようがないくらい素晴らしいものです。華やかだけど厳しい、そういう大会なので、出場する選手たちには全力を尽くして栄光を目指してほしいと思います。

お二人によるスペシャル対談は、大会公式プログラムに掲載されています。

プロフィール

釜本 邦茂(かまもと くにしげ)
1944年4月15日生まれ、京都府出身
国際Aマッチ76試合出場、75得点
早稲田大学を卒業した1967年にヤンマーディーゼルサッカー部(現セレッソ大阪)に加入。引退までの18年間で日本サッカーリーグの得点王を7度獲得、同じく歴代最多202得点を記録した。早稲田大在学中に初選出された日本代表では、68年のメキシコオリンピックで得点王に輝く活躍を見せ、銅メダル獲得に貢献。国際Aマッチ75得点は日本代表歴代1位の記録。

播戸 竜二(ばんど りゅうじ)
1979年8月2日生まれ、兵庫県出身
国際Aマッチ7試合出場、2得点
1998年にガンバ大阪へ加入。FWとしてプレーし、天皇杯、Jリーグカップ、AFCチャンピオンズリーグなど数々のタイトルを獲得。U-20日本代表の一員として臨んだ99年のFIFAワールドユース選手権(現FIFA U-20ワールドカップ)では、国際サッカー連盟(FIFA)主催大会で日本初となる準優勝を果たした。2019年に選手を引退し、20年3月にJリーグ特任理事に就任。

【1回戦】9月16日(水)
【2回戦】9月23日(水)、30日(水)
【3回戦】10月28日(水)、11月11日(水)
【4回戦】12月12日(土)、13日(日)
【5回戦】12月20日(日)
【準々決勝】12月23日(水)
【準決勝】12月27日(日)
【決勝】2021年1月1日(金・祝)

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