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オリンピックを超えていく ~技術委員長 反町康治「サッカーを語ろう」第12回~

2021年09月02日

オリンピックを超えていく ~技術委員長 反町康治「サッカーを語ろう」第12回~

第32回オリンピック競技大会(TOKYO2020)で金メダルを狙った男子日本代表は4位に終わった。8月6日の3位決定戦(埼玉スタジアム)でメキシコに敗れ、ピッチ上で涙にくれる選手たちの姿には私も胸が締めつけられる思いだった。しかし、この世代には素晴らしい未来があるという確信も持てた。「この借りを返すチャンスは必ずある」と。

日本サッカー協会(JFA)の技術委員会としては、東京オリンピックの戦いをしっかり精査することも大事な作業だ。いろいろな角度から日本の戦いを検証・整理し、今後の発展に生かさなければならない。そこをあやふやにするのは非常に危険で、9月から始まるFIFAワールドカップ・カタール大会アジア最終予選にも悪い影響を与えかねないと思う。通常、オリンピックやワールドカップくらいのビッグイベントになると、テクニカルスタディーグループを各会場に送り込んで大会の傾向や出場チームの分析に当たらせるのだが、コロナ禍の今回は一部の会場を除いて無観客で試合が行われたために、そういう要員もスタジアムに入ることは許されなかった。分析はもっぱら映像を介してとなったが、私も私なりの視点で大会のリポートを作成した。オリンピック開催の1年延期が決まった後の準備から大会終了後の総括まで、主観と客観を織り交ぜながら章を立てて文字に記していくと、いつの間にか結構な文量になった。6試合を通して「日本らしいサッカー」をある程度やりおおせた手応えもある。フランスのように攻めと守りがくっきりと分かれることなく、日本は攻守がシームレスというか、切り替えの速い全員攻撃全員守備を高い強度を伴って遂行できた。ハードワークをベースに選手間の距離は詰めてボールホルダーを追い越していく日本の流儀は、これからも深く追求していくべきだと再確認できた。もちろん独りよがりになることなく、他国から学べるところは学んでいきながら。

サッカーの普及という面でもポジティブなこともあった。例えば、日本戦の中継が軒並み高視聴率をたたき出したこと。「死のグループ」といわれるほどワールドカップの常連が集まったグループリーグから最後の3位決定戦まで、ほとんどの試合がゴールデンタイムにTVで生中継され、全力を振り絞って戦う選手の姿を視聴者にお届けすることができた。オリンピックという世間の耳目を強烈に引きつける舞台だからこそ、広範囲の方々にサッカーの魅力や奥深さが再認識されたと思うし、「自分もオリンピックの選手になりたい」「久保建英のようなシュートを決めたい」と夢を描くようになった子どもたちも数多くいたことだろう。普及の面でインパクトは大きく、今後の代表活動への理解、声援、サポート、あらゆる面でプラスになったのは間違いないと思う。

今回も裏方のチームスタッフは素晴らしい仕事をしてくれた。短いスパンの中で6連戦を何とかこなせたのは彼らのおかげだ。メディカルチームは内科医、外科医、トレーナーに加え、今回は尿を見る専門家もいた。血液中のクレアチンキナーゼを計測して個々の選手の筋肉の疲労度を把握したり、尿を採取して脱水症状を防ぐ手立てを講じたりしながら、選手のコンディションを懸命に整えてくれた。また、今回はオリンピックで初めて2人のフィジカルコーチを用意した。7月5日に合宿をスタートした時、チームには大きく分けて4つのグループが存在した。①国内のJリーグ組、②シーズンオフからの始動となった海外組、③AFCチャンピオンズリーグの遠征から戻ってきた川崎や名古屋、C大阪の選手、④ケガを抱えた選手、である。これら異なるコンディションの選手たちをひとつにまとめていくのは1人では難しいと判断し増員したのだ。対戦相手を分析するスカウティングも、中2日の連戦では自転車操業になるのは目に見えていたので、今回は二人に増員して対応した。そうやってチームスタッフを充実させた成果は今回、ある程度出せたと思う。ちなみにブラジルやスペインはチームの中に選手のメンタル面をケアするスタッフを加えていた。日本も一考を要するテーマだと認識している。

東京オリンピックは判定にビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)が初めて採用された大会でもあった。その影響か、1次リーグの24試合でレッドカードが12枚も出た。日本戦の絡みでいえば、フランスのランダル・コロミュアニもVARが介入してイエローからレッドに格上げされてピッチを去った。いろいろな見方があるだろうが、私個人は日本にとってVARというシステムはポジティブなものだと考えている。フランス戦以外にも、メキシコ戦の相馬勇紀はドリブルで抜ききった後にセサル・モンテスに足を削られ、VARのチェックが入ってPKを得た。逆にスペイン戦の吉田麻也はボールに行った正当なタックルを主審にPKとされながら、VARのチェックによってノーファウルと訂正された。これらの事例が示すのは、正当なプレーは正当なものとして認定される確率が高まるということである。それは1対1を生真面目にセオリーどおりに対応する日本の選手にとって悪い話ではないだろう。

ややもすると、サッカーの世界ではボールの争奪戦の際に、こづいたり、ひっぱったり、ボールのないところや審判の目の届かないところで、どさくさまぎれに悪さをするのも「裏技」の一部として認める風潮がある。我々はそういうことはするなという教育を受け、そういうことをさせない指導をしてきたが、生き馬の目を抜くプロの世界では、そういう態度は「バカ正直過ぎる」「ずるさが足りない」という指摘を主に外国の指導者や選手から受けることもあった。しかし、VARの導入は正々堂々とプレーする、フェアなタックルやチャージを心がけることがアドバンテージに働く可能性をもたらした。今回のオリンピックでも。もし今回VARがなかったら、日本の成績は悪い方に変わっていたかもしれない。

オリンピック本番でハイレベルな真剣勝負を6試合もできたおかげで、成果と同時に課題もあぶり出された。それらを公にすることは日本のライバルに塩を送るようなものだから、ここでは差し控えたいと思う。差し支えない範囲で少しだけお伝えすると、準備期間に3月は強豪のアルゼンチンを招請できたけれど、6月は強い相手と試合を組めなかったことが私自身の反省材料としてある。大会直前に選手登録が18人から22人に増えたところで、選手選考に若干の見直しが必要だったかもしれない。スペイン戦の日本のボール保有率は32%だった。これだけボールを持たれると、どうしたって戦いはじり貧になる。スペインくらいの相手でも45%くらいはボールを持てるようになりたい。そうでないと、やはり先に疲れ果ててしまう。強豪相手にボール保有率を上げていくには流れの中での柔軟性がもっと必要かと思う。プレスのはめ方も、相手を見て対応を変えられるようにしないと、「はめられない」「はまらない」「引いてブロックを築いて我慢するしかない」という展開に終始することになる。

欧州はU-21選手権がフル代表の登竜門になって各国は切磋琢磨している。日本はアンダーエイジではU-17、U-20のワールドカップを目指しているが、まだまだこの年代では大人になりきれない。最高峰のフル代表のワールドカップにたどり着く、一つ手前の登竜門という意味で、U-23のオリンピックが持つ意味は日本にとって大きい。人々のサッカーへの関心を喚起するソフトとしてのパワーもオリンピックサッカーにはある。私が2008年の北京オリンピックで選んだ18人のうち、17人はその後、フル代表になったけれど、大きな強化のマイルストーンとして、オリンピック世代の強化に日本が真剣に取り組んでいくのは今後も変わらない。オリンピックからサッカーをなくされては困るし、アマの大会に戻されても困るというものだ。今回のメンバーでいえば、堂安律や冨安健洋はU-14のキャンプから呼ばれ、U-15から日本代表入りした。そうした長い代表経験と同世代のライバルたちから強い刺激を受けながら、世界大会でも物怖じせずに戦えるメンタルを養った。

SAMURAI BLUEとU-23代表を「1チーム2カテゴリー」として、選手を行き来させながら同時並行で鍛えたのは、東京オリンピックの開催が1年延びたことによる苦肉の策であった面は否定しない。しかし、9月から始まるFIFAワールドカップ・カタール大会アジア最終予選に、この強化策がプラスに働くのは間違いないと思う。初戦の9月2日のオマーン戦も東京オリンピックからの「延長戦」のイメージでやれるだろう。頭の中をガラガラとシフトチェンジしなくても試合ができるのは大きなメリットだ。試合の運営についてはコロナ禍で、どんなアクシデントが起こるかわからない。でも、今の選手はどんな不測の事態にも対応できるたくましさを備えていると感じる。

東京オリンピックで日本代表への関心は再び高まった。FIFAワールドカップのアジア最終予選が始まれば、応援のボルテージはさらに上がっていくだろう。チームはそれを力に変えて、最終予選突破と本大会でのベスト8、ベスト4を目指す戦いを始める。オリンピックサッカーの解団式で団長の私は選手に「これから君たちは『東京オリンピック代表の○○』と枕詞のようにオリンピックの肩書が付くことになる。それが『東京オリンピック代表だった誰それ』と過去形で語られることがないように、オリンピック代表の誇りを胸に、この先10年、日本サッカーに貢献してくれるようにお願いします」と話した。気のせいか、日本の内外のピッチで、東京オリンピック組が躍動しているように感じる。スペイン戦やメキシコ戦の悔しさを糧に、プライドと向上心を持って日々を過ごしてくれているように感じられてうれしい。同時に、オリンピックがすべてではないとも思う。現在の日本代表を支える大迫勇也や原口元気は最後の最後で2012年ロンドンオリンピックの選から漏れた。そこから私の言う「その先10年の貢献組」に成長してくれた。オリンピックは代表への登竜門であり、インターナショナルに活躍できる選手とそうでない選手を識別する厳しい舞台でもあるが、オリンピックを経ずにインターナショナルになった選手はいくらでもいる。選手の終着点は、オリンピックよりもっともっと遠い先にある。東京オリンピックに出た選手もそうでない選手も、競争はずっとずっと続いていく。

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