
ニーム・オリンピックで活躍する植田直通選手は、1994年10月24日生まれ。SAMURAI BLUEでは2015年1月に開催されたAFCアジアカップオーストラリア2015から招集されましたが、ピッチ上では2017年12月12日、EAFF E-1 サッカー選手権 2017 決勝大会の中国戦でデビューを飾りました。
出場試合はまだ少ないものの、そのずば抜けた身体能力と対人の強さが魅力の植田選手。SAMURAI BLUEでのさらなる活躍が期待されます!

1994年10月24日生まれ。ポジションは、DF。大津高等学校から2013年、鹿島アントラーズに加入。2016年、FIFAクラブワールドカップ2016では、その守備で鹿島の準優勝に大きく貢献した。
2018年7月、ベルギーのセルクル・ブルージュKSVへ移籍。2021年1月にはフランスのニーム・オリンピックに活躍の舞台を移す。
SAMURAI BLUEでは、2015年1月のAFCアジアカップオーストラリア2015で初選出。出場こそなかったものの、2018FIFAワールドカップ ロシアでもメンバー入りを果たした。対人に強いセンターバックとして、SAMURAI BLUEに欠かせない存在だ。

10月のSAMURAI BLUEレジェンド1人目は、1973年10月29日生まれの前園真聖氏。「マイアミの奇跡」を起こしたアトランタオリンピック1996では、U-23日本代表のキャプテンを務めました。

SAMURAI BLUEでは第11回アジアカップ(アラブ首長国連邦)などに出場。現役引退後の2009年には当時のラモス瑠偉監督に請われ、ビーチサッカー日本代表として復帰。FIFAビーチサッカーワールドカップドバイ2009に出場しました。

その快活な性格と行動力で、これからも日本サッカーを支え続けてくれることでしょう。

スマートなプレーと高い戦術眼でジュビロ磐田の黄金期を支えた藤田俊哉氏は、1971年10月4日生まれ。SAMURAI BLUEが南米サッカー連盟(CONMEBOL)に招待され、初めて参加したコパアメリカ1999にも出場しました。

現役引退後は、ヨーロッパで指導者としての道を歩んだ藤田氏。現在はヨーロッパ駐在のJFA技術委員会強化部会員として、日本サッカーの強化に取り組んでいます。

トルシエ・ジャパンの代名詞”フラット3”の象徴とも言える、森岡隆三氏は1975年10月7日生まれ。オーバーエイジ枠でシドニーオリンピック2000にも出場しました。

2002FIFAワールドカップ 日本/韓国ではSAMURAI BLUEのキャプテンも任されましたが、初戦のベルギー戦で、負傷という不運に見舞われました。

現役引退後は指導者の道へ進み、ガイナーレ鳥取の監督などを務めました。現在はサッカー解説者として、幅広く活躍しています。

長くジュビロ磐田のエースストライカーとして活躍し、2009年、2010年には2年連続となるJリーグ得点王に輝いた前田遼一氏は、1981年10月9日生まれ。SAMURAI BLUEでは、AFCアジアカップカタール2011で全試合に出場、優勝に大きく貢献しました。

FIFAコンフェデレーションズカップブラジル2013でも全試合に出場し、SAMURAI BLUEを支えた前田氏。現役引退後、現在は古巣のジュビロ磐田でU-18コーチに就任し、後進の育成に尽力しています。

最後にご紹介するのは、川崎フロンターレの”バンディエラ”で1980年10月31日生まれの中村憲剛氏。2010年、2010FIFAワールドカップ 南アフリカに出場。現役生活18年を川崎フロンターレで全うしました。

SAMURAI BLUEでは68試合に出場し、6得点を記録した中村氏。ピッチ内外でチームを支える大きな存在でした。

今年の1月、天皇杯優勝とともに現役を引退した中村氏は愛するクラブでFrontale Relations Organizer(FRO)に就任。アカデミー、普及・育成部門での活動を中心に、精力的な活動を続けています。
またJFAでは、ロールモデルコーチ及び登録制度改革本部の「JFA Growth Strategist(JFAグロース・ストラテジスト)」にも就任。様々な視点から日本サッカーに新しい風を吹き込んでくれています。
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