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感謝をこめて、7大会連続のワールドカップ出場を喜ぶ ~技術委員長 反町康治「サッカーを語ろう」第19回~

2022年05月12日

感謝をこめて、7大会連続のワールドカップ出場を喜ぶ ~技術委員長 反町康治「サッカーを語ろう」第19回~

SAMURAI BLUEが7大会連続でFIFAワールドカップの出場を決めてから2カ月近くがたったけれど、アジア最終予選を突破した喜び、そこに至るまでの厳しさ、苦しさは今も胸に深く刻まれている。それだけに幾多の試練をくぐり抜け、本大会の切符をつかみとってくれた選手には感謝の念しかない。アジアの戦いを振り返って思うことは、2次予選と最終予選の決定的な違いである。2019年9月に始まった2次予選はミャンマー、モンゴル、タジキスタン、キルギスと同組で日本は8戦全勝、得点46、失点2と記録的大勝を重ねて悠々突破できた。しかし最終予選の方は、終わってみれば10戦7勝1分け2敗の2位でクリアしたものの、出だしの3戦で1勝2敗とつまずいた時は絶望的な気分になった人もいたことだろう。

苦戦した原因はいろいろとある。地味なところでは、2020年3月に組んでいた2次予選の日程が新型コロナウイルスの感染拡大で1年以上延期されたのも微妙に影響している。不可抗力とはいえ、それで最終予選の日程も大きく後ろ倒しされ、スタートが2021年9月までずれこむことになった。9月というのは海外組が大量に増えたSAMURAI BLUEにとって、非常に難しい時期である。欧州のクラブに所属する選手にとってはシーズンが始まったばかり。新しい監督のもとで自分のアピールに努めなければならない選手もいれば、チームが新しく採用した戦術に自分をアジャストさせなければならない選手もいる。冨安健洋のようにアーセナルとの移籍交渉が続き、アジア最終予選初戦のオマーン戦(市立吹田サッカースタジアム)に合流できない選手もいた。新シーズンが始まってまだ2、3試合くらいしかできていない状態でSAMURAI BLUEに合流しても、なかなか代表に目線をフォーカスできないものなのだ。フィジカルコンディションのばらつき等を含め、内的にも外的にも不安材料は多かった。

結果はご存じのとおり、日本はオマーンに0-1で敗れた。向こうはセルビアで事前合宿まで張り、準備万端で大阪に来ていた。布陣は中盤をダイヤモンドの形にした4-4-2。ボール奪ったらシンプルに日本の両サイドバックの裏にパスを送り、コーナーフラッグのあたりで2トップが起点をつくる。得点もそんな形から奪った。ダイヤモンド形の中盤は東京オリンピック準々決勝で日本を苦しめたニュージーランドも採用していたから、オマーンは東京オリンピックの日本の戦いを参考に対策を十分に練ったに違いない。そう勘繰ったくらい、向こうは精神的にも肉体的にもゲーム戦術の面においても、日本を上回る準備をしてきた。日本代表は今年、U-21、U-19、U-16の各代表がアジアカップの戦いを控えている。どのカテゴリーも大会初戦は高度にアラートな状態で入らなければならないと勉強させられた。特に、ほぼJリーガーで構成されるU-21日本代表は長い準備期間は取れず、集合してすぐに試合というSAMURAI BLUEと同じパターンになりそうだから、初戦からすべての面で〝覚悟〟を持って臨むようにさせなければと思う。

オマーンに敗れたことで、5日後の中国戦に向けては日本の選手の目の色が変わったと感じた。ゼロ・コロナ対策を採る中国は最終予選の全ホームゲームの自国開催を諦め、日本戦はカタールのドーハを舞台に選んだ。大阪からドーハに飛んですぐの試合は肉体的にはきつかったけれど、日本をリスペクトし過ぎた中国が明らかに準備不足の5バックという守備的な布陣できてくれたことに救われた。40分の大迫勇也(ヴィッセル神戸)の先制点の後、2点目を取れずに苦労したものの、先発した久保建英(RCDマジョルカ)ら若い力にも助けられ、ここで勝ち点3を取って、本来の自分たちの姿を取り戻すことができた。中国戦を前に南野拓実(リバプールFC)、酒井宏樹(浦和レッズ)がケガ等でチームを離れるという決して小さくないアクシデントもあった。今回の最終予選はケガ等で主力選手が不参加になったり、欠場したりすることが相次いだ。それでも代わりに出る選手が頑張って、チームとしてのクオリティーを落とさなかったことが、最終予選を突破できた理由の一つだと考えている。最終順位が3位となり、アラブ首長国連邦(UAE)とのプレーオフに回ったオーストラリアとの、そこがちょっとした差だったと思う。

日本が高いレベルで総合力を保てたのは、日本サッカー協会(JFA)が欧州オフィスをドイツのデュッセルドルフに構えたことも大きくあずかっていると思う。日本の成果を見て、オーストラリアサッカー協会も同様の拠点をつくる検討を始めたとも聞いた。だとしたら、そういう環境整備で日本が彼らを一歩リードしていたことが、今回の勝ち点差につながり、2位と3位の明暗を分けたと言えるかもしれない。デュッセルドルフは欧州のど真ん中という位置で交通の便が良く、オランダやベルギーもすぐそこという感じ。そこに2020年10月から常駐のスタッフを置いている。欧州にオフィスを置いたメリットはいろいろあるが、タイムリーに選手の状況が分かるようになったことが一番だろう。JFAから選手の所属クラブに招集のレターを送り、あるテーマについてディスカッションする時も、従来は日本と欧州の間に時差の問題があり、どうしてもタイムラグが生じていた。それが今はダイレクトかつ密に連絡が取れるようになった。メールやレターのやりとりだけでは生まれなかった情報交換が各クラブ、各協会とできるようになった。コロナ禍の今は飛行機のフライトも減便、欠航が相次ぐ。そういう状況にも欧州に常駐スタッフがいることでスムーズに対応できるようになった。当初に想定した以上の副次的な効果もある。私もデュッセルドルフを拠点に欧州視察をした際、長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)から、彼が今受講しているドイツの指導者養成の貴重な話を聞くことができた。

話を最終予選に戻そう。第3戦のサウジアビラア戦(10月7日・ジッダ)は、オマーンに敗れた反省を踏まえて乗り込んだが、実力のあるサウジに0-1で敗れてしまった。しかし試合内容自体は悪くなかったので、ポジティブな姿勢は保つことができた。負けた上に内容も乏しければ、あそこからはい上がることは難しかったかもしれない。失点に直結した場面もサッカーならあることとして、チームの誰もが冷静に受け止めていた。

第4戦のオーストラリア戦(10月12日・埼玉スタジアム)は勝たないと閉塞感に覆われたままになりかねない状況だった。チームを上昇気流に乗せるべく、ここで森保一監督は思い切った手を打った。それまでの4-2-3-1から4-3-3に選手の並びを変え、それが功を奏したのだった。日本の4-3-3は、両サイドのウイングを張らせているバイエルン・ミュンヘンのような左右対称ではなく、右肩上がりの形になっている。森保監督が乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に出たオーストラリア戦以降、日本は心理面でも開き直って戦えるようになった。強調しておきたいのは配置の変更は決してギャンブルではなく、森保監督には根拠があったことだ。決断の土台に練習がある。代表チームの場合、集合してから試合まで準備期間の練習はクラブと比べたら数えるほどしかない。そのわずかなセッションの間で森保監督は田中碧(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)の上り調子をしっかりキャッチし、4-3-3のインサイドハーフで起用することに手応えも感じた。オマーン、中国との9月シリーズで田中を招集しなかったのは、川崎からデュッセルドルフに移籍したばかりでまだ地固めが済んでいなかったからだった。田中の起用は森保監督の頭の中に常にあり、そのタイミングを見計らっていたと言えるだろう。開始8分で先制ゴールを決めた田中は森保監督の期待に見事に応えて見せた。後半、直接FKを決められて一度は追いつかれたが、86分に決勝点をもぎ取って日本は息を吹き返した。この決勝点はオウンゴールと記録されたが、相手ゴールになだれ込む気迫がそうさせた格好で、私は日本の魂がこもった〝ゴール〟だったと思っている。それまでの日本は途中から入った選手がチームのパフォーマンスを押し上げることがなかなかできずにいたが、この試合は古橋亨梧(セルティック)も浅野拓磨(VfLボーフム)も十分に交代出場の役割を果たしてくれた。

オーストラリア戦は「絶対に負けられない戦い」ではなく「絶対に勝たなければならない戦いがここにある」という試合だった。その大一番に勝ったことで最終予選の視界はぐっと開けた。続く11月のアウェーシリーズもフライトのトラブルがあり、欧州組がベトナム・ハノイに到着したのは試合前々日という慌ただしさ。それでも日本は11日のベトナム戦は伊東純也(KRCヘンク)のゴールで勝ち、返す刀でマスカットに飛んだ16日のオマーン戦も再び伊東のゴールで勝って、2位に浮上して2021年を締めくくることができた。

正念場の2022年はホームの埼玉スタジアムに中国とサウジを迎えて始まった。この2連戦、1月27日の中国戦を経てから2月1日に首位サウジと戦うという試合の順番が本当に良かった。なぜなら、月ごとに2連戦を繰り返す最終予選で、日本は海外組合流直後となる最初の試合で毎回苦戦していたからだ。その流れからすると、2連戦のアタマの試合がサウジ戦だったら相当厄介なことになっていただろう。ホーム2連戦で勝ち点6をもぎ取るために、我々も打てる手は全部打った。例えば、少しでも国内組のコンディションを良くするために、ファイナルが元日恒例の天皇杯を昨年度は2021年12月19日に終わらせた。選手に例年より早めにオフを取ってもらった分、早めに始動してもらい、JリーグとJクラブにお願いして国内組だけの事前合宿を1月中旬から組ませてもらった。舞台設定にも最大限の努力を払った。過去のほとんどのアジア予選を戦った埼玉スタジアムは、本来なら2021年12月から2022年春にかけて芝の張り替え工事を行う予定だった。これでは最終予選のラストスパートに使えない。そこで埼玉県にお願いし、サッカーに理解のある大野元裕知事の賛同も得て、張り替え工事を1年延期してもらったのだった。南野、伊東のゴールでサウジに2-0で完勝した時、本当に埼玉スタジアムでやれて良かったと思った。会心のゲームができたのは「日本をワールドカップに行かせてやろうじゃないか」と思ってくださる、たくさんの方々の目に見えない支援や尽力、協力があってこそ。そういう意味では今回もまた過去6回同様、まさに「オールジャパン」で勝ち取ったFIFAワールドカップ出場だった。

日本は最終予選9戦目、3月24日、シドニーのオーストラリア戦で本大会出場を決めたわけだが、この試合は見ている私も鳥肌が立つような素晴らしい勝利だった。欧州組はシドニーに移動するだけでも本当に大変だったと思う。それはやむを得ないとして、国内組には少しでもいい体調で臨んでもらいたくて、オーストラリア戦直前のJリーグの試合は3月19日の土曜日に終わるようにリーグに協力してもらった。それで選手は土曜日のうちに機上の人になり、ぐっすり眠って朝起きたらシドニーに着いていたというスケジュールを組むことができた。余談ながら、選手より1日遅れで私が羽田からシドニー行きの飛行機に乗ったら、そこにJ2岡山のオーストラリア代表、ミッチェル・デュークがいた。岡山は日曜日に試合があったので、デュークは日本代表より遅れてシドニーに着くことになったわけだ。日本戦に先発した彼は大いに奮戦したけれど、肉体的には大変だったと思う。「たかが1日」の差が「されど1日」になってしまうのが、シビアな最終予選の怖さである。

このオーストラリア戦の後、遠藤航(VfBシュツットガルト)と板倉滉(シャルケ04)がチームから離れた。遠藤と板倉は東京オリンピックがあったからずっと休みがなく、ホームのベトナム戦を前にチームを離脱させることに議論の余地はあるのかもしれないが、とにかく1日でも多く彼らに休養を与え、英気を養ってもらうことが、選手たちの未来に重要であるという結論に達したのだった。3月28日の予選最終戦、ベトナム戦(埼玉スタジアム)は、サッカーとはつくづくメンタルスポーツだと思わされることになった。本大会出場を決めた直後の祝祭ムードに包まれ、多少なりともチームに浮ついたところがあったことは否めない。せっかく4万4600人という今予選最多のお客さんに足を運んでもらいないながら、勝利をプレゼントできなかったのは本当に残念だった。

コロナ禍で制度的に定着しつつある5人の交代枠は、今回の最終予選では総合力のある日本にプラスに働いたと感じる。三笘薫(ユニオン・サンジロワーズ)のような流れを決定的に変えられる選手は対戦相手にいなかった。最近の日本の選手は三笘にしても、堂安律(PSVアイントホーフェン)や久保、上田綺世(鹿島アントラーズ)にしても特徴的な武器を持っている。それだけ状況に応じていろいろなカードが切れるわけで、本大会でも採用される予定の5人交代ルールとマッチしているようで頼もしい。ホームのありがたみも、しみじみ感じた。ホームのありがたみとは単にスタジアムの話だけにとどまらない。「高円宮記念JFA夢フィールド」のような良質の芝生のグラウンド、体のケアもできる施設を自前で持つことで、コロナウイルスの検査等、チェックすべき項目が増えた現在の状況にも迅速に対応できた。そうやってハード、ソフト両面で戦える体制が整うことで、選手は本当に家に帰ってきたような感覚で安心してトレーニングに打ち込み、試合に臨むこともできた。

世界的に見てもどこもそうだけれど、選手が所属するクラブの発言権はどんどん強くなり、選手が代表チームと所属クラブの板挟みになるような傾向も強まっている。代表チームのハンドリングはそれだけ昔より難しくなっているのだが、そういうタフな状況下でもJFAの事務方は代表チームの活動を精力的にバックアップし続けてくれた。1月のウズベキスタンとの強化試合は新型コロナの影響でキャンセルされたが、予選全般を通して見れば、コロナ禍という予測不能な状況もおおむねうまくコントロールできたのではないかと思う。それはひとえに、多くのファン、サポーター、スポンサー、政府、開催自治体の関係者など、予選をコンプリートさせるために力を貸してくださった方々のおかげだと強く感じている。まさに総力を挙げて、SAMURAI BLUEの背中を押していただいたものであると。最終予選が終わった後、森保監督は「良い選手を育ててくれてありがとうございます」という感謝の気持ちをこめて、47都道府県サッカー協会に全選手のサイン入りのユニホームを送った。森保監督らしい気配りだと思う。私もこの場を借りて、サッカーを愛するすべての皆様に心から厚く御礼を申し上げます。

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